がんセンターとは?がん相談のご案内がんに関する情報その他の情報

各疾患の治療

乳がん

乳癌における薬物療法の役割

 乳癌の初期治療には、大きく分けて手術療法、放射線療法、薬物療法の3つがあります。がんの特性に基づいて、一人ひとりの患者さんに最も効果的な方法を組み合わせて治療を行っています(治療の個別化)。

 乳癌には、しばらく乳房内にとどまる「再発しにくい腫瘍」と、腫瘍ができた早い段階から血液・リンパ液によって全身に運ばれ、数年後に再発する「再発しやすい腫瘍」があります。再発を予防するためには、目に見えない小さな癌細胞が全身に運ばれる「微小転移」という状態を、早い時期にしっかり治療しておく必要があります。具体的な治療としては、身体のすみずみまで治療効果の行きわたる薬物療法が、最も効果的と考えられています。

 薬物療法は、薬剤の種類によりホルモン療法剤、化学療法剤、分子標的治療剤に分類されます。

薬物療法の種類

  1. ホルモン療法剤

     乳癌の細胞には、女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)に反応して増殖する性質(ホルモン感受性)を持っているものと、持っていないものがあります。ホルモン感受性を持っているがん細胞は、細胞表面に女性ホルモンの受け皿(ホルモン受容体)を持っており、そこから女性ホルモンを取り入れて増殖します。このようなタイプの腫瘍では、タモキシフェンに代表される女性ホルモンの取り入れを邪魔するホルモン療法剤によって、がん細胞の増殖を抑えることができます。

     閉経前の患者さんでは、女性ホルモンの取り入れを邪魔するタモキシフェンとあわせて、できるだけ体内での女性ホルモンの量を減らす目的で、卵巣での女性ホルモンの合成を抑制する卵巣機能抑制剤も必要になります。

     閉経後では、女性ホルモンは副腎で作られるアンドロゲンから、脂肪にあるアロマターゼ酵素により合成されます。このアロマターゼ酵素を阻害するアロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、エキセメスタン、レトロゾールなど)が、閉経後のホルモン療法の中心となっています。


  2. 化学療法剤

     癌細胞が分裂・増殖していく様々な段階に作用して、治療効果を発揮するのが化学療法剤(細胞障害性抗がん剤)です。乳癌の薬物療法においては、長年ホルモン療法剤とともに重要な位置を占めてきました。化学療法剤は、優れた治療効果の反面、癌以外の正常組織(骨髄、毛根細胞など)にも作用するため、ホルモン療法剤に比べ、一般的に副作用が強くでる傾向があります。

     代表的な薬剤としては、アンスラサイクリン系薬剤(ドキソルビシン、エピルビシンなど)とタキサン系薬剤(パクリタキセル、ドセタキセル)があります。どちらの薬剤も、早期乳癌、転移・再発乳癌のいずれの病期においても、主要薬剤として使用されています。これらの薬剤以外では、シクロフォスファミド、5-FUの他、日本で創薬された経口剤のカペシタビン、脱毛・消化器毒性の少ないビノレルビンなどがあります。


  3. 分子標的治療剤

     癌細胞に関する多くの基礎的研究の結果、癌細胞の増殖・進展を阻害する標的が同定されました。この標的に対する薬剤が、トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)に代表される分子標的治療剤です。“癌細胞を狙い撃ちする”とされる分子標的治療剤は、優れた治療効果と脱毛が少ないなど忍容性の点から、近年ではホルモン療法剤、化学療法剤と並び乳癌領域では重要な薬剤となっています。

     トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)は、癌細胞の表面にHER2蛋白が多く発現している腫瘍(乳癌全体の約30%)において、優れた効果を発揮することがわかっています。また、単独で使用するよりもタキサン系薬剤などの化学療法剤と組み合わせて使用すると、より効果的なことが確認されています。



病気の進行度(病期)による治療

 病気の進行度(病期)により、(1)早期〜局所進行乳癌に対する薬物療法、(2)転移・再発乳癌に対する薬物療法の二つに分けられます。早期〜局所進行乳癌に対する薬物療法は、開始時期により術前薬療法と術後薬物療法に分けられます。それぞれの病期で、治療目標に応じて各薬剤を効果的に使用します。



早期〜局所進行乳癌に対する薬物療法

  1. 術前薬物療法

     近年、これまで手術後に行われていた全身療法を、手術前に行う術前薬物療法が広く行われるようになりました。海外で実施された研究で、手術前に化学療法を受けた場合と、手術後に化学療法を受けた場合で、再発する頻度は両者で差がなかった、という報告がその背景にあります。

     手術前に化学療法を実施する利点としては、下記の点が挙げられます。

    1. 早期に全身治療が開始できる
    2. 腫瘍が小さくなった場合、手術の範囲が小さくなり乳房温存術ができる可能性が高くなる
    3. 腫瘍の大きさの変化を見ることで、薬の効果を直接確認することができる

     アンスラサイクリン系薬剤やタキサン系薬剤を用いた術前化学療法により、腫瘍が完全に消失する場合があり、その頻度は約30%と言われています。腫瘍が完全に消失した場合(病理学的完全奏効)は、再発率が少なく予後が良好なことが確認されています。より高い病理学的完全奏効を目指して、様々な治療法が研究・開発されています。


  2. 術後薬物療法

     患者さん一人ひとりについて、再発するかどうかを正確に予測することはできませんが、手術時の検査結果をもとに、再発の可能性をある程度予測できる因子が、最近の研究でいくつかわかってきました。

     現在のところ、(1)わきの下のリンパ節転移がある場合やその個数が多い、(2)ホルモンの感受性(受容体)がない、(3)腫瘍が大きい(2cm<)、(4)年齢が若い(35歳未満)、(5)腫瘍の顔つきが悪いなど、これらの因子を満たす場合には、再発の危険が高いことがわかっています。再発の危険が高いと判断された患者さんについては、再発予防のための術後薬物療法を実施するのが良いと考えられています。

     術後薬物療法では、再発の危険度(低リスク、中間リスク、高リスクに分類)と腫瘍の性質に基づいて、ホルモン療法剤、化学療法剤、分子標的療法剤を効果的に組み合わせて治療を実施します。

 転移・再発乳癌は、現在の薬物療法では治癒が困難な病気であり、治療の目的は一時的な病勢コントロールと、腫瘍に伴う症状の緩和になります。症状緩和という観点からは、腫瘍の特性(予後・予測因子)に基づいて治療を選択する際には、効果的でより毒性の少ない治療法を選択することが重要と考えられています。

 一般的に、ホルモン感受性を持っている転移・再発乳癌においては、生命を脅かすような病勢(肝・肺など重要臓器に広範な転移を認める、短期間で急速な病状の進行を認める、再発までの期間が短い等)が無ければ、毒性の少ないホルモン療法での治療開始が良いとされています。

 ホルモン療法が無効の場合、生命を脅かすような病勢の場合は、化学療法やトラスツズマブなど分子標的治療薬の早期の使用が良いとされています。

乳腺外科

 乳房は、「乳腺」と呼ばれる腺組織と脂肪組織、血管、神経などが存在しています。

 乳腺組織は、15〜20の「腺葉」に分かれ、さらに各腺葉は多数の「小葉」に枝分かれしています。小葉は乳汁を分泌する小さな「腺房」が集まってできています。各腺葉からは乳管が1本ずつ出ていて、小葉や腺房と連絡し合いながら、最終的に主乳管となって乳頭(乳首)に達します。

 乳がんはこの乳腺を構成している乳管や小葉の内腔を裏打ちしている上皮細胞から発生します。癌細胞が乳管や小葉の中にとどまっているものを「非浸潤がん」、乳管や小葉を包む基底膜を破って外に出ているものを「浸潤がん」といい、この他、非浸潤がんが乳管が開口している乳頭に達して湿疹様病変が発生する「パジェット病(Paget病)」の3種に大別されます。

 乳腺外科では乳がんの診断と治療を行っています。最近、マンモグラフィー検診の導入により、微細石灰化病変が増加していますが、これらには極めて早期の非浸潤癌が含まれており、その診断と治療を兼ねたマンモトーム生検を施行しています。また、乳房の一部を切除する乳房温存手術も増加してきており、マンモグラフィー(乳房レントゲン撮影)、超音波検査に加えてMRI検査を施行し、整容性も考慮しながら、精密な画像検査により温存手術を積極的に行っています。また、センチネルリンパ節(最初にがん細胞が転移すると考えられるリンパ節)の生検を行って、これが陰性の場合には過大な腋窩リンパ節郭清を省略し、術後の腕の腫れや痛みを回避するようにしています。

 乳がんの治療法には手術、放射線照射、化学療法(抗がん剤による治療)、ホルモン療法(内分泌療法)などがあります。この中で基本となるのが手術ですが、最近は、乳がんの手術に対する考え方が変わり、化学療法やホルモン療法、放射線照射法が進歩したことから、手術主体の治療ではなく、当科では常に腫瘍内科、放射線科と連携をとり、患者さんの病態に応じて、これらの治療法をうまく組み合わせて、治療を行っています。たとえば、腫瘍が大きすぎて手術だけでは局所のがん細胞を取り除くことが難しいと考えられる場合や、大き目のしこりを小さくして乳房温存手術ができるかどうかを検討する場合には、手術前に化学療法やホルモン療法を行います(術前治療)。また、温存手術後の残存乳房には放射線をあてています。