直腸は解剖学的に周囲を様々な臓器(膀胱、尿管、性嚢、前立腺、子宮、卵巣、膣)、神経、血管などに取り囲まれており、排便をコントロールする重要な器官です。このため、直腸癌の治療においては、根治性を損なわず、かつ機能を温存するという二律背反した問題が生じてきます。すなわち、癌をしっかり治療した上で、永久人工肛門を回避して自然肛門からの排便を可能とし、さらには排尿、性機能を温存することが求められます。そのような点から、直腸癌の治療成績は選択する治療方法や手術方法、術者によって大きな差があることが知られています。
かつては直腸癌の手術で、癌が肛門のすぐ近くにある場合には、排便のコントロールに重要な肛門括約筋を切除していたため、永久人工肛門となることが多く見られました。そのため、直腸癌治療は手術のみならず、放射線療法化学療法を用いて根治性を高め、自然肛門を温存する様々な試みが欧米を中心とする専門施設で続けられています。
われわれは1996年以降、放射線療法化学療法を加え、また、手術では全腸間膜切除術を取り入れることにより、直腸癌での局所再発率を1.5%へと大きな改善を認め、5年生存率も86%(1991年〜2006年)へと飛躍的な改善を認めています。また、肛門の温存率もこれまでの154例において87%であり、患者さんの満足度も高いと考えております。
 直腸癌の手術では常に癌の根治と肛門機能を対比させて考えなくてはならないため、全ての患者さんの人工肛門を回避できるわけではありませんが、一度私どもの施設でご相談下さい。
直腸癌の治療法
1) 手術単独
2) 手術+術後化学療法
3) 術前放射線化学療法+手術+術後化学療法
4) 放射線化学療法+化学療法
5) 化学療法単独
1.直腸癌の手術
a)肛門括約筋温存手術(自然排便が可能である肛門を温存した直腸癌手術)
術者の技術による治療成績の差が最も大きな術式です。この手術は狭い骨盤内で行われるため高度なテクニックを要します。私どもの施設では1982年Heald 氏(英国)により開発された直腸全間膜切除(Total mesorectal excision: TME)を用いた直腸切除を導入して行っています。これは直腸を包む非常に薄い膜を破らずに一つのパッケージとして切除する方法です。この手術が行われるようになった施設では骨盤内再発が飛躍的に減少しました。(10〜30%→0〜4%) しかしながらHeald氏らが開発した方法ではTMEを行った後、直腸を少し長めに残して結腸と吻合したため、残した直腸の血流が悪く、術後縫合不全(縫合部の漏れ)が多く発生しました。私どもの施設では直腸間膜を完全に切除するために直腸を長く残さず、骨盤の最も底の血流の良い部で直腸を切除した後、医療用のホッチキスを用いた器械(ステイプラー)で腸管吻合を行います。その際術後の排便機能温存のため便を溜める機能のあるJ型結腸嚢という袋を作って縫合します。以前であれば非常に肛門に近い癌では、永久人工肛門となる手術が行われてきましたが、現在では癌が限局していれば肛門を温存することができるようになっています。この場合括約筋を一 部切除しても型結腸嚢を用いた結腸肛門吻合を行うことにより排便機能が温存されます。しかしながら状況によっては一時的な人工肛門を造設し、縫合不全を予防することもあります。特に術前放射線治療を併用された方では縫合不全のリスクが高いため現時点では予防的な人工肛門造設行った方が安全であると考えています。一時的な人工肛門は時期をおいてから閉鎖することでほとんどの方が最終的に自然排便が可能となります。
青実線は従来のTMEにおける切除ラインを示しています。赤実線は私どもの施設の切除ラインを示しています。
青実線は従来のTMEにおける切除ラインを示しています。赤実線は私どもの施設の切除ラインを示しています。
b)直腸切断術(永久人工肛門が必要となる手術)
 骨盤筋群あるいは肛門括約筋に浸潤していたり、骨盤内臓器に浸潤している直腸癌には他臓器を含めた病巣部の切除(直腸切断術あるいは骨盤内臓全摘術)と永久の人工肛門が必要となります。癌が尿の通り道に浸潤していた場合には腹部に尿管皮膚瘻という尿の出口を作らなければなりません。この場合、永久人工肛門と尿管皮膚瘻のダブルストマとなります。しかしながらここまでの手術を行っても生存率を向上させることは困難であり、私どもの施設では非常に進行した直腸癌であっても、補助療法(放射線療法、化学療法)を術前に併用し、術後も化学療法を行います。これにより生存率はむしろ向上し、多くの場合排尿機能を残せるようになりました。直腸切断術は70年以上の長い間、直腸癌の標準手術として用いられてきた術式ですが、現在私どもの施設では10%足らずの直腸癌症例に行われているに過ぎません。
c)ハルトマン手術(直腸切除と人工肛門を造設する手術)
 根治的な切除ができない程進行した直腸癌では、手術は総腫瘍細胞を減少させる手段として用い、術後に集中的に放射線治療や化学療法を行う方針をとっています。その際、行われるのが肛門を残して直腸を切除した後、人工肛門を造設するハルトマン手術です。一定期間、抗癌剤や放射線治療を行った後、再発がないことを確認して結腸と直腸が再吻合できれば元通り自然排便が可能となります。
2.骨盤内リンパ節郭清について
 直腸癌のリンパ節転移経路は上方、側方、下方の3経路が知られており、少なくとも上方、側方の2つの経路に関してはリンパ節郭清が必要であるとされてきました。しかし、側方の郭清には神経損傷による骨盤機能(排尿、性機能)喪失の問題があり、施設間によって郭清の方法にばらつきがあるのが現状です。
欧米ではHeald氏が発表した直腸全膜切除(TME)が、生存率において側方リンパ節郭清を加えた直腸切除術に匹敵するか、それ以上の成績であり、機能障害もないことから、側方郭清は行われず、TMEが標準治療となっています。国内では神経を温存した側方郭清も行われていますが、TME以上の明らかな成績が示されていないことから欧米では標準治療としては受けいれられていません。この成績をかんがみて、私どもの施設ではTMEを完全に導入し、骨盤内側方リンパ節郭清は行わないと言う方針をとっています。また症例によっては術前化学療法や放射線療法の導入により、さらなる成績の向上を目指しています。
3.直腸癌の放射線療法
a)切除可能直腸癌に対する放射線療法
 術前の放射線療法が局所再発率を低下させることは以前より報告されていましたが、副作用の問題と生存率には寄与しないことが多いことから、標準治療としては定着していませんでした。しかし、最近のスウェーデンの報告では、術前1週間の照射方法で重篤な副作用なく、再発率、生存率とも向上させており、我々の施設でもこの治療法を応用した術前1週間の照射をとりいれています。しかしながら手術前に放射線を照射すると癌細胞が減少、死滅するという利点の代わりに組織の修復力が低下します。手術の際に腸管を縫合しますが、その治癒力にも影響が出ます。このため術前放射線治療の後、肛門括約筋温存手術を受けられる方には現時点では一時的な人工肛門造設をおすすめしています。
b)切除不能直腸癌に対する放射線療法
 初回あるいは再発直腸癌で直腸周囲への浸潤が著しく、切除不能と診断された場合には、術前放射線治療によって切除可能となるまで縮小させることを目指します。手術時にはじめて切除できないことが明らかになった場合には、術後に放射線治療を行うことがあります。このような進行した直腸癌ではまず救命することが最重要となります。このため多少の機能障害をきたす可能性があっても、腫瘍を縮小または消滅させるために放射線の線量も多く、治療期間も長くなります(1~2ヶ月)。多くの放射線量を骨盤に照射するために、瘻孔、下血、下痢などが出現する可能性があります。そのためあらかじめ人工肛門を造設してから放射線治療を開始することもあります。
進行あるいは再発直腸癌症例ではすでに他臓器にも転移している可能性が高く、化学療法の併用は必須となります。その際、全身に対する化学療法の効果と放射線感受性を高める効果を有するPMC療法が用いられます。
c)放射線療法の実際
 これまでに楠教授を中心とするグループにより、1986年から中下部直腸癌症例に対する術前放射線照射を導入し、その治療効果を確認しています(兵庫医科大学第二外科・三重大学第二外科)。照射方法として1986年〜1996年は腔内照射法(30-80Gy)を、1996年以降は外照射法(20-25Gy)を用いており、現在行われている化学療法を併用した外照射症例は130例にまで達しています。
 その成績では外照射群の根治手術例に対する累積5年骨盤内再発率は1.5%で、累積5年生存率は86%でした。これらは同様の症例で術前非照射群115例の累積5年骨盤内再発率26%で、累積5年生存率は65%と比較して、有意に局所コントロールにおいて予後の向上が認められています。
4.直腸癌の化学療法
直腸癌に対する化学療法は、大腸癌に常行われる化学療法が用いられます。大腸癌化学療法だけで治癒する可能性はほとんどありません。直腸癌では手術や放射線療法と組み合わせて化学療法を行うことで治癒率を向上させることが確認されています。私どもの施設では直腸癌に対しては、結腸癌と同様、PMC療法をベースに、CPT-11、オキサリプラチンといった奏効率の高い抗癌剤や、アバスチンといった新規の薬剤も積極的に取り入れた治療を行っています。
結腸癌の治療ページへ。 目次ページへ。 ”PMC療法について”のページへ。