Infection Control News第3号 2000.7.1 発行

三重大学医学部附属病院 感染対策チーム(ICT)
◆ICTレポート ◆◆  

  1. ツベルクリン反応検査:平成12年度ツベルクリン反応検査の実施にあたり,教職員の接種対象者(大学院生などを含む)1,433名を調査したところ,接種希望者は,基礎・看護系が186名,臨床系903名でありました。実施要項に基づき,6月19日・27日・28日の3回に分けて,それぞれ実施致しました。

  2. 感染症患者の搬送方法:感染症患者の搬送については,法律上所定の手続きに従い一類及び二類感染症の患者が,指定感染症医療機関に入院する場合等に,都道府県知事が感染症患者を移送しなければならないことになっています。このことから搬送方法について千種委員から病原体の特性に応じた感染拡大防止,人権への配慮,適切な資機材による搬送,搬送従事者の安全確保などについてICTチームが説明を受けました。委員一同,感染患者の搬送方法の基本的考え方を再確認しました。(詳細は総務課まで:内線5709)

  3. 施設内感染対策相談窓口事業の実施:平成6年度より厚生省による施設内感染対策の一環として,医療施設等に従事する者を対象に,個別の相談を受けるために窓口事業を行っています。今年度も「平成12年度施設内MRSA感染対策相談窓口」が実施されます。これは医療施設内感染についてより具体的に問い合わせに回答することにより,施設内MRSA感染対策に関する知識の普及啓発を図ることを目的にしています。具体的には厚生省の委託により日本感染症学会が行います。
    相談申し込み者は,所属施設長の氏名及び印影のある文書で,施設内MRSA感染対策に関する具体的な質問内容,氏名,職名,電話番号,FAX番号を記入のうえ,FAXにて送付します。受付期間及び時間は,平成12年4月1日から平成13年3月31日までの,月曜日から金曜日の午前10時から午後4時までの間です。(FAX番号 東京03-3442-6079 日本感染症学会)
    質問に対して,日本感染症学会から文書で回答されます。(詳細は総務課まで:内線5709)

◆感染症発生動向調査から ◆◆

  1. 耐性菌情報:当院の4月・5月におけるMRSA感染患者数はそれぞれ23・21人で,内18・16人が新規患者です(前月比で新規患者は4月が7人増,5月が2人減)。4月のペニシリン耐性肺炎球菌感染症は2人でした(前月比は1人増)。5月はありません。4月・5月の薬剤耐性緑膿菌感染症はありません。(詳細は総務課まで:内線5709)
  2. HIV情報:厚生省のエイズ動向委員会は5月30日,今年4月までの約2ヶ月間に感染症法に基づいて報告されたエイズ患者数は56人,HIV(エイズウイルス)感染者は75人だったことを明らかにしました。女性患者のうち,30歳代の日本人女性は1989年以前に輸血したことが原因の可能性があるという。こうしたケースが報告されるのは8例目。患者の内訳は,男性47人,(うち外国人7),女性9人(同6)。感染者は男性56人(同10),女性19人(同11)でした。今年2月下旬までの約2ヶ月をまとめた前回報告に比べ,今回の特徴は,患者数,感染者数ともに増加しています。感染者増加は,主に日本人男性の同性間性的接触によるものです。
    また,6月27日同委員会が発表した昨年1年間の発生動向は,HIV(エイズウイルス)感染者,エイズ患者はそれぞれ過去最高の530人と300人で,前年に比べて2,3割の増加で,日本人男性の増加が目立っています。国内での感染が8割近くを占め,1年間のHIV感染者は男性が379人(うち外国人39)で,全体の71.5%を占め,女性が45人(同67)でした。外国人は男女とも横ばいか減少に転じているのに比べて,日本人はいずれも増加。中でも日本人男性は前年の1.4倍になっています。感染経路では性的接触が83.6%でした。
    三重県におけるエイズ患者数・HIV感染症の報告受理(平成12年2月28日〜平成12年4月30日)状況は,患者数は男性2人(1)で,感染者数は女性1人(1)でした。累積(平成元年2月17日〜平成12年4月30日)では,患者数は男性16人(9),女性5人(5),感染者数は,男性13人(3),女性35人(30)でした。( )は外国人

◆ 感染症レクチャー◆◆

ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)

《定義・疫学》 本菌はペニシリンに対して耐性のある肺炎球菌です(penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae;PRSP)。肺炎球菌はヒトの咽頭に常在しており,その保有率は成人で5%,小児で15%程度とされています。臨床材料から最初のPRSP分離報告は1965年になされ,その後ペニシリン耐性肺炎球菌の分離頻度はヨーロッパ,アメリカを中心に増加し,最近ではアジア,アフリカなどの国々で報告されています。
わが国では1981年に臨床材料から最初に分離されています。特に,大葉性肺炎からは本菌種が多く検出され,菌血症を伴う重症例が多くみられます。肺炎球菌はそのペニシリンに対する感受性から,感受性(PSSP),中等度耐性(PISP),耐性(PRSP)に分類されます。これらPRSP,PISPの問題点は院内感染で問題となっているMRSAと異なり,市中感染によるものが多い点にあります。

《細菌学的特徴》 肺炎球菌は,通性嫌気性菌であるため,炭酸ガス培養によりその発育が促進され,比較的大きなコロニーを作ります。本菌の直径は0.5〜1.0mmの光沢のある透明な円形のS型集落で,中心部が陥没しています。また,本菌は血液など栄養に富む培地においてのみ増殖し,普通寒天培地やBTB乳糖寒天培地では増殖しません。血液寒天培地で18〜24時間培養した菌は,α溶血を示します。長時間培養した菌は自己融解を起こすためコロニーの中央が陥没します。この自己融解は自身の産生する酵素N-acetyl muramic acid L-alanine amidaseによるものですが,この反応は胆汁によって促進されます。
ヒト由来の新鮮分離菌は通常莢膜を有するグラム陽性球菌で,グラム染色では莢膜は染色されないため菌体の周辺が抜けた様に見えます。

《臨床的特徴》 肺炎球菌感染症は急性感染症の形をとること,症状などが強いこと,易感染状態を必要としないこと,などが特徴です。肺炎球菌による感染症としては中耳炎,上気道炎,肺炎などの頻度が高く髄膜炎や敗血症などの全身性感染症の原因菌としても重要であります。肺炎球菌の検体別分離頻度としては50%以上が喀痰から検出されており,続いて咽頭,鼻腔,耳漏,などの上気道に由来する検体からの分離頻度が高くみられます。

《耐性機序》 PRSPにおける耐性機構は,β−ラクタム系薬剤の作用標的であるペニシリン結合蛋白(Penicillin-Binding Protein:PBP)に対する薬剤の親和性の低下です。このような意味では,PRSP の耐性機構はMRSAと同じともいえますが両者には根本的な違いがあります。すなわち,MRSAにおける耐性は,MSSAには存在しない外来性のmecA遺伝子にコードされたPBP−2′の産生にありますが,PRSPの耐性は感性菌にも存在するいくつかのPBP遺伝子が変異し,そのために産生されるPBPの酵素機能が変化して,βラクタム系薬剤が結合しにくくなった(親和性が低下したと表現)耐性であります。
通常のペニシリン感受性S.pneumoniae のPBPsは1A,1B,2X,2A,2Bおよび3の6種類が確認されています。ペニシリン耐性S.pneumoniae のPBPも感受性菌同様6種類のPBPsが認められていますがPBP2X,PBP2BあるいはPBP1Aの遺伝子領域に外来性のPBP遺伝子の一部(耐性ブロック)が挿入されており,薬剤に対する親和性が低下しています。たとえば,PBP2B遺伝子に含まれる耐性ブロック領域のPSSPとの相同性は80%程度であり,これはpoint mutationの積み重ねによる耐性化の可能性が低いことを示しています。この耐性ブロックはS.mitis などのPBP遺伝子の一部と考えられ,これが形質転換により感受性菌のPBPに組み込まれます。PBP1AとPBP2Bの変異によってペニシリン剤の耐性が,またPBP1AとPBP2Xの変異によりセフェム剤の耐性が上昇するが,いずれにしても複数のPBPに耐性ブロックが挿入されることによってその耐性はより高度化します。これらの耐性ブロックの挿入により,すべてのβ−ラクタム剤に耐性化が認められ,感受性菌に比べて30〜100倍以上の耐性上昇が引き起こされています。しかし,ペニシリンG,アンピシリンは基本的抗菌力がきわめて強いため臨床的な高度耐性化は認められず,髄膜炎以外の感染症に対しては治療困難な例は多くはありません。

《感受性》 ペニシリン耐性という言葉から,この耐性機構はPCGやアンピシリン(ABPC)等のペニシリン系薬剤のみに耐性であるというように受け止められかねませんが,実際には第一世代から第三世代に至るセフェム系薬剤にも感性菌とは異なった感受性を示すのが特徴です。つまり,「PRSP=セフェム系薬剤にも耐性の場合が極めて多い」と理解したほうがよく,耐性の明らかなPRSPといっても,PCGに対するMICはせいぜい2〜4μg/ml程度のため,新しく開発されたβ-ラクタム系薬剤の中には,PRSPに対して感性菌のMICに近い値を示す場合があるということなのです。 一方,ペニシリン系薬剤に感性であってもセフェム系薬剤には耐性を示す菌もみられ,PRSPではβ-ラクタム系薬剤に対する感受性をひとくくりにしては論じられないということもあります。カルバペネム系薬剤は肺炎球菌に対して優れた感受性を示し,PRSPの発育を1.0μg/ml以下のMICでほとんど抑えられます。しかし,MICの分布図をみると,鋭い一峰性の分布ではなく,PRSPのMICは本来の感性菌が示すMICに比して10倍以上の高い値を示します。最近,さらに広域抗菌スペクトルを示すフルオロキノロン(FQs)に耐性を獲得した肺炎球菌の出現が警戒されつつあります。

 《治療》 PRSPは薬剤耐性であるので抗菌薬の有効性が期待されません。ところが肺炎球菌の薬剤耐性度はいまだ低く,先に述べたように,多くはPCGに2ないし4μg/ml程度であり,MRSAがメチシリンに対してほとんど100μg/ml以上のMICを示すのとは比較になりません。ただし,組織移行性に問題のある小児科や耳鼻科領域においては治療困難例が存在するとされています。特に,髄膜炎では耐性株のスクリーニング検査が不可欠です。治療薬の選択に当たっては,肺炎球菌の薬剤感受性の現状を知っておく必要があります。

◆ 感染対策Q&A◆◆

Q: MRSE とはどういう菌ですか,患者が多発してきました。その対策はどうしたらよいでしょうか
A: MRSEもMRSAも細菌学的にブドウ球菌属(Staphylococcus属)に属する菌ですが,病原性の強さに違いがあるために,大きく黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)とそれ以外のブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis 表皮ブドウ球菌が代表的なもの)とに分けて取り扱われてきました。この鑑別には,細菌がもつコアグラーゼという酵素の有無がポイントになるので,表皮ブドウ球菌を代表とする一群のブドウ球菌はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌coagulase negatitve staphylococci(略してCNS)とも称されます。
MRSEは簡単にいえばメチシリンに耐性となっている表皮ブドウ球菌(Meticillinn  resistant Staphylococcus epidermidis)のことです。したがって,黄色ブドウ球菌と比較して,一般的な病原性が弱い表皮ブドウ球菌という本来の性質は変わっておりません。
メチシリン耐性の機序はMRSAの場合とMRSEの場合と同じであると考えてよいと思います。表皮ブドウ球菌自身は黄色ブドウ球菌に比べて病原性は低いのですが,易感染性宿主の日和見感染が問題になっている今日,院内感染菌として全く問題がないわけではなく,とくにスライム(粘液のようなもの)を産生する菌株では,カテーテル先端で付着増殖したり,心内膜炎の原因になったりすることもあり,そのような意味で敗血症の原因菌ともなりえます。現在施設によって差はありますが,表皮ブドウ球菌の多くがメチシリンを含め多剤耐性化してきている傾向にあります。
対策は各症例により異なりますが,重要なことは本菌が人体各所に常在菌として存在することからMRSEが起因菌かどうか判断することが最も大切なことです。そのうえでMRSEを大量に排菌している患者(例えば肺炎,術後化膿創があるなど)であったら,一般論としての院内感染対策ということであればMRSAの場合と全く同一で構わないと思います。

◆INFORMATION ◆◆

  1. “ブタ型”VRE,国内で初確認:ほとんどの抗生物質が効かず,抵抗力が落ちた人に重い感染症を起こすバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の「ブタ型」が6月1日までに,国内で初めて岡山大学病院で確認されました。国内で輸入鶏肉から確認されていた「トリ型」と異なり,ヨーロッパでブタから検出された菌と遺伝子型が一致したという。確認したのは同病院泌尿器科の狩山玲子助手らのグループです。同グループでは1998年5月から8月に同病院に入院していた男児から検出した菌を遺伝子レベルで分析しました。デンマーク家畜研究所から入手したブタから検出された菌と比較した結果,男児から検出の株全てで,遺伝子の一部が従来国内で確認されたトリ型VREとは一致せず,ブタ型VREの遺伝子と一致したといいます。男児は既に退院,同病院は「院内感染はなかった」としています。狩山助手は「感染経路は不明だが,国内でブタ肉を通じて感染した可能性もあり,輸入ブタ肉についても調べていく必要がある」と警告しています。(6月2日:毎日新聞)

  2. Infection control team(ICT)の展望;今後どのような点に力を入れていくべきか:
    県立広島病院総合診療科の平岡先生らが,ICTの役割と今後について次のように述べています。まず,ICTは院内感染対策を有効的に推進していくため必須の組織であり,ICTの活動や意義が院内全体に理解されなければならないとし,それらはICTの構成とその役割,ICTの業務としてサーベランス,コンサルテーション,広報・教育等や,ICTの展望・今後どのような点に力をいれていくべきかとして,スタンダードプリコーション(標準予防策)の推進,院内感染サーベランスシステムの確立,医療情報システムへのICT情報の組み込み,院内感染対策の啓発,院内感染情報の収集,ICT業務とEBMなどからなっておりICTの役割について将来的な課題について述べられています。(救急医学 24:6,718-722,2000)

  3. 薬剤耐性菌が世界的に増加:WHOは6月12日,抗生物質などの薬剤が効かない病原体が 世界中で次々と出現していると警告を発表しました。報告書は途上国でも薬剤耐性をもつマラリア,赤痢,結核などの病原体が広まっていると指摘しています。また,国際的な対策を急がなければ「抗生物質が生れる前の時代に逆戻りしかねない」と警鐘をならしています。さらに,年間百万人以上の命を奪っているマラリアの場合,感染者が多い国のうち約80%で,代表的な治療薬だったクロロキンがすでに効かなくなっており,多くの細菌性疾患の治療に使われてきた抗生物質ペニシリンの威力も薄れ,東南アジアでは淋病の98%がペニシリンで治すことができなくなっております。 先進国で耐性菌がはびこる背景には抗生物質の使い過ぎがありますが,途上国では逆に,薬剤不足で治療が中途半端になることが耐性菌を生み出す要因にもなっていると報じています。(6月13日:読売新聞)

  4. 院内感染対策で月次動向調査開始へ:厚生省は,報告義務がなく,統計的な発生状況がつかめなかった病院などの院内感染について,月毎の動向調査を始めます。厚生省が院内感染の経路につながる情報を含めて定期調査するのは初めてです。重症患者が入院する集中治療施設(ICU)などでの院内感染について8月から前月分の報告を受け,専門家が3ヶ月毎に情報を分析,対策などについて意見をまとめます。報告対象は68病院から始め,今秋には数百病院に広げる予定です。対象は,協力を申し出た200床以上の病院です。これまでに参加が確定したのが68病院で,約400病院が参加の意向を示しているといいいます。調査は[ICU部門]と「検査部門」,「全入院患者」の3種類です。ICUに入っている患者は抵抗力が低下して,感染すると発症の可能性が高いことから,入室した全患者に占める感染者数を調査します。菌種のほか手術の有無,人工呼吸器やカテーテル,気管内チューブなどの装着など治療内容についても調べる予定です。血液や髄液の検査結果から院内感染の事例数をつかむ「検査部門」と併せて,ICU部門でも全ての感染菌についての報告を求めており,大阪府で集団発生したセラチア菌などを含め,その数は数百種類にのぼります。患者の治療内容を把握することで,発生の増減などと比較して有効な対策を探れるといいます。全入院患者調査では,抗生物質がほとんど効かないVREやMRSAなど6種類の菌に絞って感染者数を報告します。これらの集計結果は毎月,各病院に知らせることにしており,厚生省は「毎月のデータを全国動向と比べることで感染対策に生かせる」と話しています。(7月4日:朝日新聞)

◆ OUTBREAK ◆◆

  1. 名古屋の高校教師が結核感染,78人感染の疑い。(5月24日:毎日新聞)
  2. 人工透析の患者11人がC型肝炎に。(5月18日:読売新聞)
  3. 神戸大病院で院内感染か 眼科病棟閉鎖へ,感染経路調査。(7月1日:時事通信)
  4. 大阪・堺市の病院でセラチア菌による院内感染,7人が死亡。(7月3日:読売新聞)
  ★ 感染予防の第一歩は手洗いから ★ 

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三重大学医学部附属病院感染対策チーム
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