Infection Control News第4号 2000.9.1 発行

三重大学医学部附属病院 感染対策チーム(ICT)
◆ICTレポート ◆◆  

  1. 結核に関する講演会を開催:7月28日(金)・医学部臨床講義棟第二講義室において院内での結核予防対策の一環として,日本BCG研究所所長の戸井田一郎氏を講師に,結核の現状と院内感染防止対策についての講演会が開催されました。
    講演要旨は,
    1. 結核の歴史
    2. 世界の結核状況
    3. アメリカの結核の再興と対応
    4. 日本における「結核非常事態宣言」
    5. 病院内感染を防ぐアメリカCDCガイドラインの考え方
    6. 日本結核病学会による感染予防の手引き
    7. ツベルクリン反応検査の解釈・考え方などです。
    本講演会に120余名の参加者を得て,質疑応答も活発に行われ,院内感染対策上有益な講演会でありました。

  2. 三重県が結核対策の基本方針を策定:これまで減少を続けてきた新規発生結核患者数が38年振りに,罹患率が43年振りに増加したことから,厚生省では平成11年7月に「結核緊急事態宣言」を出しました。
    三重県においても罹患率,新規発生結核患者数が同様増加傾向を示していることから,県内の結核対策上の問題点を把握し,今後の結核対策の推進をはかるため,「三重県の結核対策の基本方針」が策定されました。
    その内容は,
    1. 策定の趣旨
    2. 三重県の結核現状と問題点
    3. 今後の結核対策の基本的な進め方
    などから構成されており,今後はこの基本方針に基づいた結核対策を講じるとされています。

  3. 国立大学病院における針刺し・血液感染対策の現状:このほど国立大学感染対策協議会「針刺し・血液感染対策ガイドライン策定委員会」から全国42の国立大学病院を対象に「針刺し・血液感染対策の現状」のアンケート調査よる集計結果が報告されました(回収率は100%)。
    報告内容は,
    1. 針刺し・血液感染対策ガイドラインを有しているのは42施設中37施設(88%)で,このうちの約半数が1988年以前にガイドラインを作成。
    2. EPINet日本版を使って針刺し・血液感染の事故報告をしているのは21施設(50%)で,このうちの3施設は看護婦の事故の場合にのみ用い,大半の施設がEPINet導入後数年しか経っていません。そして,多くの施設でEPINet日本版での事故報告と共に公務災害申請用紙やリスクマネジメントに関連した医療事故報告書にも記入しており,報告手続きの煩雑さが伺われます。
    3. 安全器材に関する現状では,安全器材としては鋭利な医療用具のための廃棄容器の導入が最も多く,ベッドサイドに持参できる持ち運び型が多く使われています。安全器材の選択基準は「安全性」,「使いよさ」そして「コスト」の順で,過半数の24施設でこうした安全器材導入は病院の一括購入で行われています。
    4. 針刺し・血液感染対策教育の現状は毎年講習会を開催し,新人看護婦や研修医を対象に教育・啓蒙活動を行っている等です。

◆感染症発生動向調査から ◆◆

  1. 耐性菌情報:当院の6月・7月・8月のMRSA感染患者数はそれぞれ22・21・14(人)で,内15・13・6(人)が新規患者です(前月比で新規患者は6月が1人減,7月は2人減,8月は7人減)。ペニシリン耐性肺炎球菌感染患者数は6月・7月・8月ともありません。薬剤耐性緑膿菌感染患者数は7月に1人でした。
  2. HIV情報:厚生省エイズ動向委員会は7月25日,本年5月1日〜6月25日までの約2ヶ月間におけるエイズ患者数は法定報告57件(前回56件),任意報告0件(前回4件),感染者数は64件(前回75件)であったと報告しています。
    今回報告の特徴は,
    1. 前回同様,患者・感染者ともに異性間及び同性間性的接触によるものが大半を占めています。
    2. 年齢別では患者・感染者ともに各年齢層に分布しており,患者では30代40代,感染者では20代30代が占める割合が高い。特に20代の日本人男性感染者は7件増加しています。
     三重県のエイズ患者数・HIV感染症の報告受理数(本年5月1日〜6月25日)は,患者数は男性0件(0),女性は2件(1),感染者数は男性0件(0),女性1件(1)でした。 ( )は外国人

◆ 感染症レクチャー◆◆

レジオネラ症(レジオネラ肺炎・ポンティアック熱)

《定義・疫学》  本症は,Legionellaが原因で起こる感染症の総称で,予後の良好なポンティアック熱型(Pontiac fever type)と,重症化し易い肺炎型(Pneumonia type;1976年,米国フィラデルフィアで集団発生した在郷軍人病:Legionnaires' disease)の2型が主要な疾患として知られています。在郷軍人病は肺炎を伴いますが,ポンティアック熱は肺炎像が見られず一過性の発熱が主症状です。
わが国では1981年に初めて報告され,河川,湖沼,土壌などの自然環境に広く分布。最近では生活環境の冷却塔水,温泉水,24時間風呂などから高率に検出され,市中感染として発症する感染症と考えられます。一方,病院内においても給湯設備や空調などから分離され,院内感染起炎菌として問題となってきています。現在,世界各国から発生報告があり,市中肺炎の原因の7%,院内肺炎の10%を占めると云われていますが,一般的には人工環境の方が感染源として重要です。

《細菌学的特徴》 本菌はブドウ糖非発酵性グラム陰性の桿菌で,河川,土壌および温泉水などの自然環境中に広く生息し,細胞内増殖菌で,アメーバ類などの原生動物内で増殖します。
検体中の菌はグラム染色では難染性で,ヒメネス染色,鍍銀染色などを併用する必要があります。また通常用いている培地では検出・同定され難く,臨床的に肺炎が疑われるにも関わらず診断を困難にしているのは,このような細菌学的特殊性が一因となることもあります。今まで見過ごされてきた症例にも少なからず存在していた可能性も考えられます。
Legionella 属は1996年現在,アメーバの細胞内でのみ増殖し,培養株が得られないLegionella lytica を含めて41菌種が正式に命名されており,その血清群の数は合計63にのぼっています。現在までに22菌種がヒトに病原性を有することが確認されています。
臨床分離株の多くは Legionella pneumophila が代表的菌種です。

《臨床的特徴》 レジオネラ肺炎では2〜10日の潜伏期の後に急性感染症状(高熱・悪寒・全身倦怠感)が先行し,胸痛,呼吸困難などの呼吸器症状に加えて1〜2日後に膿性痰またはオレンジ色の痰を伴うようになります。
消化器症状(腹痛・水溶性下痢)は20〜50%と高率に認められ,レジオネラ肺炎に特徴的です。中枢神経症状(意識障害など)も,通常の細菌性肺炎より高頻度に見られます。有効な抗菌薬治療がなされないと,致命率は25%にのぼります。
ポンティアック熱は発熱を主症状とし,上気道炎症状が認められるのみで,肺炎にまで至らない予後良好で,2〜5日で自然治癒します。散発例では診断が困難です。
集団発生での発病率は,レジオネラ肺炎では1〜7%,ポンティアック熱では95%以上。
感染源が広く自然界に存在するため,感染機会は常時あり,非常に重症な肺炎として,急速に進展するためレジオネラ肺炎を疑うことが診断のポイントです。しかし,ヒトからヒトへの伝播は観察されていません。

《診断基準》 参考までに厚生省レジオネラ症研究班による診断基準を以下に示します。

  1. レジオネラ肺炎疑診
    1. 臨床症状,理学的所見および胸部X線像から急性肺炎が疑われる。
    2. 肺の浸潤影は急速に進展するが,血液ガス所見の悪化は肺病変の変化に先行する。
    3. 下部気道材料の細菌検査で,肺炎の原因と思われる菌種が検出されない。
    4. β−ラクタム薬とアミノ配糖体が奏功しない。

  2. レジオネラ肺炎確診   上記診断に該当する患者につき,下記のいずれかが陽性であれば,レジオネラ肺炎と診断する。  
    1. BCYEα培地またはこの培地に抗菌薬や抗真菌薬を加えた選択培地での培養でレジオネラ属菌種が検出される。
    2. Legionella pneumophila血清群1に対する抗体価が4倍またはそれ以上の上昇(≧128倍),単一血清で256倍以上を示す。 その他の菌に対しては経過を追って抗体価の変化を追跡したうえで診断上の意義を判断する。

《治療》 細胞内寄生菌である本菌は,貪食細胞内への移行性が不良なβ-ラクタム剤やアミノグリコシドは臨床上無効であり,細胞内移行の優れたマクロライド系,リファンピシリン,ニューキノロン剤が有効。抗菌力の高い薬剤を選択する必要があります。

《対応策》 レジオネラ属菌は,塩素消毒を徹底させれば防除できるとされてきましたが,最近では同菌がアメーバなどの生物膜に囲まれた状態では塩素消毒の有効性が落ち,十分に殺菌出来ないことが解ってきました。レジオネラ症による感染防止には,塩素による消毒管理に加えて,循環式の風呂などを含む周辺の衛生管理の必要性が問われています。
最近,死亡事故が発生していることから,近々,厚生省ではレジオネラ症の感染防止のため全国会議を行い,本格的対策に乗り出す予定です。
本菌による感染症は,まず臨床側がレジオネラ感染症を疑い,検査室側も肺炎などの症例で検体のグラム染色で起炎菌と思われる菌が観察されない場合は,レジオネラ感染症の可能性を考え特殊染色や特殊培地を用いた検査を積極的に進める必要があります。

◆ 感染対策Q&A◆◆

Q: 院内感染防止上,清浄度によるゾーニングとはどのような考え方ですか
A: 院内を清潔に保つことは,院内感染予防と患者や医療従事者の居住性を高めることからも重要なことです。院内感染がヒトや物,あるいは空気を介して起こり得ることを考えると,清潔区域,非清潔区域のゾーニングが感染を防止するため重要です。一方,病院では常に清潔さが要求されますが,病院内全てを同じように清潔に保つことは不可能ですが清潔度の違いにより対応することは可能です。ゾーニングによる院内環境整備としては,
  1. 病院内の一般領域・外来域・病棟域・集中治療域・手術室などの区域を明確化する。
  2. 各区域について清潔度に応じた構造,設備とする。
  3. 患者・家族・面会人・医療従事者の行動パターンを考慮に入れて設計する等です。
一方,清浄度によるゾーニングは日本病院設備協会による「病院空調設備の設計・管理指針」では院内各所を高度清潔区域のバイオクリーンルームから一般便所,洗濯仕分け室などの汚染区域まで7つのゾーンに,空調を対象に区分けされています。各ゾーンは独立した空調系統として清浄度を維持することとしていますが動線,清掃,消毒等についてもゾーニングは大切です。(日本感染症学会編;院内感染対策テキストによる)

◆INFORMATION ◆◆

  1. セラチア集団感染,院内での接触感染防止を:大阪府堺市でセラチアが原因とみられる集団感染が起きた事故について,日本臨床微生物学会の山口恵三理事長(東邦大学教授)はセラチアが原因とみられる感染症に有効な治療法に,第3世代のセフェムやカルバペネムのほか,アミノ配糖体,ニューキノロンなどをあげています。これら投与に際しては,「原因菌を特定したうえで薬剤感受性試験を参考にしながら慎重な投与が求められる。経験に基づいた安易な投与は,耐性菌の拡大につながる可能性がある」ことを警告しています。
    既に一部で,第3世代セフェムやカルバペネムに耐性をもつ菌が出ていることから,山口理事長は,今回の感染について「MRSAの問題によって,第3世代のセフェム系抗生物質の使用に慎重となり第1世代,第2世代の薬剤が使われるようになったことが,臨床材料からセラチアが再び高率に分離されるようになった一因になっているかも知れない。本菌感染症は接触感染によって拡大することから,今後,「院内感染対策の徹底を図る必要がある」と述べています。(7月11日:The Medical & Test Journal)

  2. 感染対策,EBMに基づいて実施を:明治製菓の波多江新平氏は「感染予防対策においても,一つひとつの事柄がEBMに基づいて実施されているかを検討すべきである」と指摘。実際には,滅菌,消毒が必要な高リスク,中間リスク,一般に消毒の必要がなく洗浄・乾燥で対応する低リスク・最小リスクとその区別を明確にすべきであるとしており,具体的には,電源コード類は手でさわる低リスクの物品のものであるので床に接触させない。コード類が床にあれば清掃が困難であるから,電源は天井か,床上1メートル以上の所からとる。
    感染予防対策は,疾患別に行うのではなく,感染症の伝播経路を感染経路別に空気感染,飛沫感染,接触感染に整理して実施する。例えば,結核は,飛沫核を吸入することによって生じる空気感染のため,患者がマスクをすることによって飛沫の発生を抑えられるとし,換気をすることで飛沫核を吸入しないようにすべきであり,接触感染のうち交差感染は主に医療従事者の手指から感染することを理解する必要があるとしています。(7月21日:The Medical & Test Journal)

  3. カテーテル対策,遅れ 半数が指針なし:科学技術庁の研究班(班長、武沢 純・名古屋大学教授)が院内感染の原因菌として近年問題になっている点滴用のカテーテルについて,全国の医療施設の半数以上が管理指針のない不十分な対策の実態を報告。
    それによると,ICUがある全国1400余の病院にアンケート調査をして,約340病院の528施設から回答されたもの。それによると,現場の衛生管理と感染対策の管理指針がある施設は40%台でさらに作業に専門に当たるチームがあるのはわずか3%です。
    輸液製剤は数種類の薬剤を本来は薬剤師がすべき作業だが,点滴の種類によっては500を超える施設で,細菌に触れる機会の多い看護婦や看護士が病棟内で混合作業をしていた。クリーンベンチを使っていた施設は4%に満たなかった。 
    輸液を患者に使うまでの時間は平均で16時間もあり,ほとんどが室温で保存,カテーテルの附属器具も除菌効果のあるフィルターを使っている施設は半数。汚染の恐れがある三方活栓は外科病棟で9割以上が使用していた。
    このほか報告書では,米国の統計に基づいた日本の院内感染患者を試算すると,年間70万人の患者が生れ,このうちカテーテルによる感染は9万人で,1万1千人が亡くなっていると報告しています。(8月31日:朝日新聞)

◆ OUTBREAK ◆◆

  1. 市立豊橋市民病院で女性患者が敗血症で死亡 (7月18日:毎日新聞)
  2. レジオネラ菌で入院患者死亡 名古屋大学病院 (7月18日:朝日新聞)
  3. 岐大病院で院内感染 20数人が結膜炎に (7月25日:中日新聞)
  ★ 感染予防の第一歩は手洗いから ★

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三重大学医学部附属病院感染対策チーム
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