Infection Control News 第7号
  2001.5.1 発行
三重大学医学部附属病院 感染対策チーム(ICT)
◆ICTレポート ◆◆  

  1. 「針刺し事故防止」講演会を開催:
    感染制御を目的に院内感染対策講演会が 3月6日,医学部第二臨床講義棟で行われ,140余名の出席がありました。 講演内容は名古屋市立東市民病院小児科の木戸内 清先生が,『日本における医療職の 安全衛生の課題;血液・体液暴露による職業感染の予防,針刺し・切創事故の現状と 実施可能な予防対策・効果』と題し,針刺し事故後の職業感染に対する「病院の安全 配慮義務が問われる時代」になったことなどから,自験例として,針刺し事故防止対策 の取り組みを詳細に解説,防御装置の付いた針器材の導入によってHCV針事故は 1/10に減少し大幅な効果が見られたこと,また,予防活動によって明確になってきた こととして,「原因は『不注意』−対策は『注意』という」不毛な堂々めぐりからの脱却が 必要であること,「医療現場の『安全衛生の質』が,社会の安全性と危機管理の質を規制」 しているのではないかなどを指摘,参加者から活発な質問も続出し,盛会裡に終了しました。

  2. 「結核対策から」:
    昨年度全職員を対象に,ツベルクリン反応検査を実施した結果, 陰性者に対してBCG接種を,BCG未接種者に対しては胸部X線線直接撮影を実施 したところ,全員異常なしの結果を得ました。

  3. 「感染対策チーム」委員が交替:
    事務部門の定期異動に伴い,専門職員の瀬古一巳委員から竹田卓也委員に交替がありました。

◆感染症発生動向調査から ◆◆

  1. 耐性菌情報:
    当院のMRSA感染患者数(2000年11月〜2001年3月)はそれぞれ 12・10・14・14・15(人)で,この内11・7・10・6・9(人)が新規の患者です(前月比で 新規患者は11月が1人増・12月は4人減・1月は3人増・2月は4人減・3月は3人増)。 ペニシリン耐性肺炎球菌感染患者数,薬剤耐性緑膿菌感染患者数は 2000年11月〜2001年3月までありません。

  2. HIV情報:
    厚生省エイズ動向委員会は2000年12月5日,2000年8月28日〜10月29日までの 約2ヶ月間におけるエイズ患者数は法定報告62件(前回63件),任意報告1件(前回3件), 感染者数は88件(前回82件)であったと報告しています。今回の報告では,

    @前回報告と比較して,患者は1件の減,感染者は6件の増でした。 このうち,HIV感染者では同性間性的接触によるものが43件,AIDS患者では 異性間性的接触によるものが33件と,それぞれ約半数を占めています。

    A年齢別では前回同様,患者・感染者数ともに各年齢層に分布しているものの, 感染者では20代〜30代,患者では30代以上が占める割合が高くなっています。

    前述のとおり,依然として患者・感染者報告件数は増加傾向にあります。 2ヶ月ごとの数の合計としては今回と,前回は歴代ワースト2,3でした。 感染経路,年齢層別の発生頻度は例年と同様の傾向でした。  三重県のエイズ患者数・HIV感染症の報告受理数(2000年8月28日〜10月29日)は, 患者数は男性0件(0),女性は0件(1),感染者数は男性0件(0),女性1件(1)でした。

    ( )内の数は外国人を示します。

◆ 感染症レクチャー◆◆

院内感染予防の基本対策−標準予防策と感染経路別予防策

《はじめに》
 現在,院内感染対策の指針として最も信頼できると考えられるのが 米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention)のガイドラインです。 先進国の多くがこのガイドラインに基づいた院内感染対策を実施しています。 1996年にCDCより提唱された隔離予防策のためのガイドラインは,多くの感染症を 包括して考え,基本的な手順・手技である標準予防策(Standard precautions)と, 病原体ごとの感染経路別予防策(Transmission-based precautions;空気・飛沫・ 接触感染予防策)の二段式隔離システムを提示しています。

標準予防策(Standard precautions)とは

この予防策は医療従事者を感染から守り,また患者も感染から守ることにあり, 「すべての患者の血液・体液・分泌物・排泄物・傷のある皮膚・粘膜は感染性が あるものとして取り扱う」というのが基本的な考え方にあり,宿主の感受性にも 注意しながら暴露を最小限にすることを前提とし,血液を含まないに関わらず, あらゆる感染症に対する感染予防策といえます。 以下に手洗い・手袋・マスク・ガウン・器具・リネン・患者配置・患者移送について 具体的方法を紹介します。

標準予防策(Standard precautions)の実践

  1. 手洗いが必要なとき
    血液,体液,分泌物,排泄物,傷のある皮膚,粘膜に接したとき,必ず手を洗う。
    入室時,退室時に手を洗う。
    他の患者の処置に移る前に必ず手を洗う。
     手袋を外した後・汚染したガウン等を脱いだ後に手を洗う。
    手洗い後はペーパータオルか清潔なタオルで拭き,よく乾燥させる。
  2. 手袋が必要なとき
    血液,体液,分泌物,排泄物,傷のある皮膚,粘膜,汚染物に接するときは滅菌手袋を
    着用する。 感染性があるものに接触があったら,同一患者でも手袋を交換する。
    手袋使用後はすぐ外し,手を洗う。
  3. マスク・ゴーグル・フェイスシールドが必要なとき
    必要に応じて使用する(飛沫や飛散が生じる可能性がある場合)。
  4. ガウン・白衣が必要なとき
     血液,体液,分泌物,排泄物のしぶき・飛沫を発生するような時使用する。
     衣服を汚染するような手技やケアの時使用する。
     汚染された白衣,ガウンは速やかに脱ぎ,交換する。
  5. 器具・器材について
    患者に使用した器具は,汚染を拡げないように取り扱う。
    適切に洗浄・消毒したものを使用する。
    使用後直ちに洗浄し消毒する。
     使い捨て器具は周囲を汚染しないように廃棄する。
  6. リネンについて
    汚染されたリネンは,他の患者や周囲を汚染しないように操作,移送,処理をする。
  7. 患者配置について
    環境を汚染すると予測される患者は個室に隔離する。
  8. その他
    針刺し事故防止対策を行う。


-----《感染経路別予防策の実践》------

接触感染(Contact transmission)予防策

接触感染には手指や皮膚との接触や体位交換,入浴などの直接的なケアで感染 する直接接触感染と,汚染された器具や包帯,あるいは手袋など感染源が物を 介して間接的に伝播する間接接触感染があります。いずれにせよ接触感染は最も 頻度の高い院内感染の伝播様式です。
 接触予防策が必要な疾患としてはMRSA,VRE,クロストリジウム・ディフィシル,腸管出血性大腸菌, 赤痢,ウイルス性出血性感染症,疥癬などがあります。
対策としては標準予防策に加え以下のことが必要です。

  1. 手洗い
     原則として,流水で石鹸あるいは消毒剤を用いて行う。
     手荒れなどがみられる場合には,積極的に手袋を使用する。
  2. 器具・器材
     聴診器,血圧計,体温計などは可能な限り患者個人専用とする。
     可能であれば,ディスポーザブル製品が望ましい。
  3. 患者配置
     原則として個室収容ないしは同病者を集めて隔離管理する。

飛沫感染(Droplet transmission)予防策

飛沫感染は咳,くしゃみ,会話,気管吸引,気管支鏡検査などで感染するものです。 病原微生物を含む飛沫(5ミクロン以上)が目,鼻,口に入り,呼吸器に取り込まれて 飛沫感染が成立します。飛沫は比較的短時間(数十分以内)に落下するため, 空中には浮遊し続けることはなく,従って特別の空調を必要としません。
 飛沫予防策が必要な主な疾患として髄膜炎,肺炎(H.influenzae,マイコプラズマ), 百日咳,ウイルス感染症(インフルエンザ,流行性耳下腺炎,風疹,ムンプス)などがあります。
標準予防策に加え以下のことを行います。

  1. 個室隔離
     室外のトイレ,シャワーの使用は可能。
     食器・ゴミは一般と同様に扱う。
     通常の清掃には,特別な消毒は必要ない。
     退院後は換気を十分に清掃消毒をする。
     個室が無いときには,他の患者との間を1メートル以上の距離をあけ,カーテンなどで  遮断する。
  2. 診察・処置・ケア時に1メートル以内に近づくときには
     原則として手袋,ガウン,マスクを使用する。
  3. 患者の移動が必要な場合は
     患者は外科用マスクを使用する。

空気感染(Airborne transmission) 予防策

空気感染とは,飛沫が気化して5ミクロン以下になった飛沫核を介した感染をいい, 乾燥に強く空気の流れによって拡散していきます。これに細菌が付着して吸入され 感染が成立します。
 空気予防策が必要な疾患は水痘,麻疹,結核,レジオネラ肺炎などがあります。 対策として標準予防策に加え以下のことを行い,特に喚気設備など病院空調のあり方に 厳正に配慮することが必要です。

  1. 個室隔離(陰圧設定された個室での隔離が必要とされている)
     原則として入院させない。
     入院後にもし診断されたら,転院か外泊・退院を勧める。やむを得ない場合には, 最も離れたトイレのある部屋へ個室隔離し,ドアを閉鎖し,極力患者や職員の出入りを減らす。 また空気があまり移動しないようにドアの開け閉めも静かに行う。時々窓を開け換気する。
  2. マスク
     職員,来訪者は入室時に濾過マスク(N95マスクなど)を使用する。
    移送時には患者に外科的マスクを使用させる。その他の場合にも可能な限り患者は外科 マスクを使用する。
  3. その他
     空気感染予防策ではガウンテクニックの必要はない。またリネン,食器類も洗浄のみで, 消毒は不要。
     部屋の掃除は一般的な洗剤を使った普通の掃除で十分。患者退院後は部屋の窓を 開けて2時間位換気。

◆ 感染対策Q&A◆◆

Q:院内感染予防対策上の,隔離と逆隔離の解釈の違いを教えて下さい。

A:隔離(isolation)とは病原微生物を撒き散らし交差感染を生ずる可能性のある 感染症例を一定の病棟に収容し,他の多くの患者へ感染が広がることを防止する 目的で行う医療上の処置をいいます。一方,逆隔離(reversed isolation)とは, 感染に対して特に抵抗力の弱い症例(寛解導入期の白血病患者、移植手術後の 患者など)のように,現在は自ら感染を受けていないが,きわめて感染を受けやすい 状態にある患者を他からの感染を防ぐために,一定のレベルの清浄度を保った クリーンルーム,個室またはカーテンなどで外部から遮蔽される設備などのなかに, 他の患者から引き離して感染を防止する医療上の処置をいいます。 いずれも感染予防のための手段ですが,前者は感染病原体の拡散を防止しながら 治療するためのバイオハザード隔離病室(BHR)であり,後者は病原体の侵入を防ぐため に患者をある程度外部から閉鎖された環境に保護するためのバイオロジカルクリーン 隔離病室(BCR)です。

◆INFORMATION ◆◆

  1. 汚染された輸液ラインからの感染が疑われたBacillus属細菌の血流感染: Bacillus属細菌は,環境中に広く分布するグラム陽性菌の一つであり,特にB.cereusは 嘔吐毒,下痢毒,などを産生するため食中毒の起因菌としてしばしば問題となります。 Bacillus属細菌は,MRSAやVRE,緑膿菌,セラチアなどと異なり,芽胞を作るため,通常の 煮沸消毒やアルコール系などの消毒薬に抵抗することが特徴であり,院内感染対策の 上で特別な配慮が必要な細菌です。今回,国内で,輸液ラインや「三方活栓」の蓋の 汚染などが原因と推定された,Bacillus属細菌の同時多発感染が報告されました。 報告によると,2000年4月〜8月の間に,29人の患者の血液からBacillus属細菌が分離され, そのうちの19名は敗血症の症状を呈しています。18株の検査では,15株がB.cereus, 2株がB.subutilis,1株がB.licheniformisと同定されました。分離された株はセファロスポリン 系薬に対し耐性傾向が見られ,特にセフタジジムやアミノ配糖体であるストレプトマイシンに 対しては全ての株が耐性を獲得。院内感染対策委員会で感染源を調査したところ, 輸液ラインからの感染が疑われ,新規の皮膚消毒薬の使用や三方活栓の蓋を毎回新 しいものに交換するなどの対策により,Bacillus属細菌の分離数は急激に減少。 平成11年度化学技術振興調整費「院内感染の防止に関する緊急研究」で作成された 「高カロリー輸液など静脈点滴注射剤の衛生管理に関する指針」の中でも,「三方活栓は 手術室,ICUを除いて,輸液ラインに組み込むべきでない(レベルUの臨床研究に裏付けられる) と指摘されており,三方活栓の取り扱いや衛生管理には一層の注意が必要と考えられます。 (LASR;Infectious Agents surveillance Report 2001.3.8)

  2. 耐性ブドウ球菌の院内感染 新生児施設の85%「経験」:新生児に発疹や発熱を引き 起こす新手のMRSAが,全国の新生児施設に広まっていることが東京女子医大の調査で 分かりました。この菌による院内感染を経験した施設は,1995年〜99年の5年間に,25% から85%に急増しています。同大の高橋助教授らは,大規模な実態調査と早急な対策 の必要性を訴えています。この菌は,TSST-1という毒素を作り出し,新生児の未発達な免 疫機能を刺激して発疹,高熱などの症状を起こします。母体内で十分育った新生児は数日 で自然に治ることが多いが,未熟児は呼吸困難や血圧低下などに加え,敗血症や肺炎な どの合併症で死亡する例があります。(読売新聞;2001.4.1)

  3. ICUの患者からセラチア菌:各地で相次いでいる院内感染問題で,集中治療室(ICU)に 入っている重症患者の中に,体力が弱っていると生命の危険にもつながる「セラチア菌 」に感染している患者がいることがこれまでの厚生労働省の実態調査で分かりました。 ICUに入っている患者全体では,他の菌を含め約6%の患者が院内感染していたこと も判明。同省は調査対象の医療機関を拡大,今年夏までにデータをまとめ,総合的な ガイドラインを作成するなど対策に乗り出す方針です。また,同省は昨年,都道府県を 通じて全国の200床以上の病院に呼びかけて院内感染の実態を調査。結果を提出し た68施設からの調査結果によると,入院患者の血液から分離した細菌は黄色ブドウ 球菌(96件),表皮ブドウ球菌(78件),大腸菌(45件)など院内感染の"常連菌"が5位まで を占めたが,セラチア菌も14件検出されました。(日本経済新聞;2001.4.9)
  ★ 感染予防の第一歩は手洗いから ★


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三重大学医学部附属病院感染対策チーム
三重県津市江戸橋2-174

E-mail: s-kenko@mo.medic.mie-u.ac.jp

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