神経堤細胞の発生分化 機構、器官形成への関わりについて

 脊椎動物の体は、外胚葉、中胚葉及び内胚葉の三胚葉に由来する細胞と、外胚葉を 起源とする神経管(将来の脳や脊髄)の癒合部から発生する神経堤細胞(第 4の胚葉とも呼ばれる)という4つの細胞集団からできています。

 神経堤細胞は、本来は外胚葉に由来するにもかかわらず末梢神経のみならず骨や軟 骨、血管壁など、従来中胚葉に由来すると考えられてきた間葉系細胞にも分 化できる、胚性幹細胞に近い分化能を有する特徴的な細胞であることがわかってきました。さらに神経堤細胞は、頭部(歯を含む)、胸腺や甲状腺、心臓等の器 官形成に関与し、これら神経堤細胞の異常が、免疫不全や心臓の異常を引き起こすこともわかっています。最近の幹細胞研究により、皮膚、末梢神経や胸腺や歯 などに神経堤幹細胞が存在する可能性が報告され、これらの細胞を用いた再生医療の可能性も高まっています。また生体の構成成分は上皮と間葉に分類されます が、実際に間葉を構成する中胚葉と神経堤細胞の両者の区別や器官形成におけるそれぞれの役割は殆どわかっていません。
 
 我々は、これまでマウス胚性幹細胞の試験管内分化系を用いて血液細胞系譜の分化 機構や神経堤細胞系譜の分化機構、特に色素細胞系譜に注目し、胚性幹細胞 からの発生過程を詳細に検討してきました(1)。また神経堤細胞系譜の細胞を特異的に標識できるマウスを用いて、胸腺や歯の器官形成における神経堤由来細 胞の特徴を分化能の研究を行ってきました(2、3)。今後の課題として、1)多能性神経堤幹細胞の単離及び純化、2)器官形成における神経堤由来細胞の役 割についての解明(中胚葉由来細胞との比較)3)神経堤幹細胞を用いた組織器官再生、4)胚性幹細胞を用いた神経堤細胞の発生機構の解明などをテーマに研 究を進めてゆきたいと考えています。

参考文献
1)Derivation of melanocytes from embryonic stem cells in culture. Yamane T, Hayashi SI, Mizoguchi M, Yamazaki H, and Kunisada T. Dev Dyn 16:450-458, 1999
2)Presence and distribution of neural crest-derived cells in the murine developing thymus and their potential for differentiation. Yamazaki H, Sakata E, Yamane T, Yanagisawa A, Abe K, Yamamura K, Hayashi SI, and Kunisada T. Int Immunol 17: 549-558, 2005
3)Potential of dental mesenchymal cells in developing teeth. Yamazaki H, Tsuneto M, Yoshino M, Yamamura K, and Hayashi SI. Stem Cells 25:78-87, 2007


造血幹細胞の発生分化 機構について

 血液細胞は、ガス運搬、止血反応、骨吸収、非自己物質の排除機構 など生体の維持に不可欠な諸機能に関わっています。これらの機能を担う十 数種類にもおよぶ血液細胞系譜はすべて造血幹細胞に由来することが知られています。しかしながら胎生期において造血幹細胞がいつどこでどのようにして生ま れてくるのか未だよ くわかっていません。
 
 これまでに我々はマウスの胚性幹細胞の分化系を用いて、リンパ球と骨髄球の両方 へ分化できる発生最初期の造血幹細胞様集団の純化に成功しました。現在、胚体や卵黄嚢 に存在する胎仔の相同細胞の動態について詳細に調べています。生涯にわたり血液細胞を供給しつづける造血システムがいかに出来上 がるのか、我々の研究から少しでも明らかにできればと考えています。

参考文献
Yamane T, Hosen N, Yamazaki H, Weissman IL. Expression of AA4.1 marks lymphohematopoietic progenitors in early mouse development. Proc Natl Acad Sci USA 106: 8953-8958, 2009


初期発生期における細 胞運命決定について

 発生初期に存在する体中のあらゆる細胞へと分化できる万能性細胞が、どのよう に未分化状態を脱し、三胚葉へと運命決定を受けていくのか、胚性幹細 胞の分化系をモデルとして発生の原則を見いだせないか研究しています。 

参考文献
Yamane T, Dylla SJ, Muijtjens M, and Weissman IL. Enforced Bcl-2 expression overrides serum and feeder cell requirements for mouse embryonic stem cell self-renewal. Proc Natl Acad Sci USA 102: 3312-3317, 2005