吉田克己名誉教授の功績
-四日市公害の歴史-
 

主な功績
 (総評)吉田氏は、公衆衛生学の分野において、四日市石油コンビナートの操業開始に伴う伊勢湾の異臭魚問題および四日市ぜんそくの公害問題に取り組み、その成果として、工場排水中の石油成分が魚体へ移行したものであること、硫黄酸化物や降下ばいじん等の大気汚染が喘息の発生に関与していることなど、因果関係を立証した。また全国に先駆け三重県において「総量規制方式」の導入を指導し、四日市地域での大気汚染の急速な改善をもたらした。
 
功績概要
四日市喘息の発生要因に関する疫学研究
 
①昭和39年、汚染地区とりわけ二酸化硫黄濃度が極めて高い地域において、中高年者の気管支喘息等、慢性呼吸器疾患の発症リスクが著しく高いことを発表した。
 
②当時、熊本県の水俣病での調査において、原因不明疾患の調査方法として疫学的手法の重要性が示唆されていたが、この研究調査により疫学的な因果関係証明の社会的意義が確立されたものとなった。
 
③その成果は厚生省(当時)によるわが国での「公害対策基本法」および「大気汚染公害認定制度」などの開始の契機となった。
 
 
伊勢湾異臭魚問題における原因物質の調査研究
 
①昭和36年以降、魚体中の油分の分画分析を進め、また日本で初めてのガスクロマトグラフを導入し調査した結果、異臭魚の発生が、工場排水中の石油成分の魚体への移行によるものであることを証明した。
 
②従来は食品中に含まれる微量な環境汚染物質を測定することが困難であり、行政措置に際し科学的根拠の提示が困難であったが、この研究成果により定量分析による科学的な証明手法を確立した。
 
 
大気汚染物質である二酸化硫黄の総量規制への取り組み
 
①昭和47年、「三重県環境汚染解析プロジェクト・チーム」の統括となり、工場ごとでの二酸化硫黄の排出総量の設定、すなわち「総量規制」の導入を指導した。
 
②従来は国の法規制や環境基準が必ずしも十分でなく、行政的課題が存在していたが、この規制導入により四日市市での二酸化硫黄排出量に劇的な低下がみられた。
 
③その成果は、環境庁(当時)による「大気汚染防止法」の改正に貢献し、この功績によって、昭和61年に環境保全功労者賞を受賞した。