低侵襲膵切除術(腹腔鏡下膵切除術、ロボット支援下膵切除術)

はじめに

これまで膵臓手術を行うには大きな開腹創を必要とするため術後の疼痛が強く、術後の回復や社会復帰に影響を与えてきました。このため最近では適応のある患者様に対しては創が小さく低侵襲である腹腔鏡下膵切除術を積極的に導入しております。
本邦における腹腔鏡下膵切除術は2012年に良性または低悪性度膵腫瘍を対象とした腹腔鏡下膵体尾部切除術が保険収載され、2016年には腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(脈管の合併切除およびリンパ節郭清を伴わないもの)と膵がん症例に対しても腹腔鏡下膵体尾部切除術(原則として周辺臓器および脈管の合併切除を伴わないもの)が保険適応となりました。
腹腔鏡下膵切除術は整容性に優れるほか、出血量、術後の疼痛が少なく回復が早いのが特徴ですが、一方で高度な技術を要する手術であり、実施にあたっては厳格な認定基準を満たす必要があります。
当科はすべての腹腔鏡下膵切除術術式を実施する施設基準を満たしており、肝胆膵外科高度技能手術および内視鏡外科手術に熟練したエキスパートで構成された手術チームによる定型化された手術を実施しておりますので、主な術式の対象となる疾患と手術成績について現状を概説したいと思います。

腹腔鏡下膵体尾部切除術の対象となる膵疾患

腹腔鏡下膵体尾部切除術は5mm〜12mmの5カ所の穴から内視鏡および操作用鉗子(かんし)を挿入し、そこから手術を行います。
対象となる膵疾患は、主に膵体尾部の良性疾患や低悪性度病変です。代表的な疾患は膵管内乳頭状粘液性腫瘍(IPMN)、膵神経内分泌腫瘍(PNEN)、粘液性嚢胞腫瘍(MCN)、充実性偽乳頭状腫瘍(SPN)などです。
腹腔鏡下膵体尾部切除術の際には、脾臓の栄養動脈である脾動脈が膵臓の近傍を通りますので、通常脾臓を同時切除します。良性腫瘍、低悪性度病変に対しては脾臓を温存して膵体尾部切除のみを切除する術式選択することがあります。

脾動静脈切除を伴う腹腔鏡下脾温存膵体尾部切除術(Warshaw法)

脾臓には古くなった赤血球を破壊除去したり血小板の貯蔵庫としての役割があるほか、免疫機能とも深い関わりがあります。
当科では良性腫瘍、低悪性度病変を対象に脾臓の温存が可能な場合には脾臓を温存して膵体尾部切除のみを切除する術式を行っております。
脾温存膵体尾部切除術には脾動静脈を切除し、短胃動脈、胃大網動脈を介して脾臓の血流を温存する方法(Warshaw法)脾動静脈そのものを温存する方法がありますが、当科では主にWarshaw法を選択して実施しております。
脾臓の栄養動脈(脾動脈)と静脈(脾静脈)は膵臓のすぐ近傍を通りますので、膵体尾部切除術の際には通常、脾動静脈を切除し脾臓を一緒に摘出しますが、本術式(Warshaw法)では脾動静脈を切除しますが、胃の周囲を通って脾臓に流入する動脈(短胃動脈、左胃大網動脈)、静脈を適切に温存することによって、脾臓を温存して膵体尾部のみを切除することが可能になります。通常通り膵臓(腫瘍)のすぐ近傍を通る脾臓の栄養動脈は切除しますので手術の根治性を損なうことなく、脾臓の機能を完全に維持することが可能になります。

膵臓がんに対するリンパ節郭清を伴う腹腔鏡下膵体尾部切除術(腹腔鏡下RAMPS)

2016年4月に膵がん症例に対しても腹腔鏡下膵体尾部切除術(原則として周辺臓器および脈管の合併切除を伴わないもの)が保険収載され、当科では2018年から適応を厳選して本術式を導入しております。膵がんの中でも周囲の動脈や門脈などの血管や他臓器に及んでいない比較的早期の腫瘍が対象になります。
2018年2月から2022年8月までに27例の腹腔鏡下RAMPSを施行しております。同期間の手術成績を開腹手術(17例)と比較すると、出血量(中央値)が有意に減少しており(腹腔鏡 vs. 開腹手術: 170 vs. 442 ml) 、これは腹腔鏡による拡大視効果によって、開腹手術よりもさらに繊細・緻密な手術手技を行うことが可能になったことが要因と考えております。また、腹腔鏡下RAMPSでは、開腹手術に比べて、術後の疼痛が少なく回復も早いため、術後在院日数(中央値)が有意に短縮しました(腹腔鏡 vs. 開腹手術: 12 vs. 19日)。

当科の手術成績

2010年10月から2023年12月までに146例(脾合併切除:78例、脾温存手術:38例、膵癌に対する腹腔鏡下RAMPS:30例)の腹腔鏡下膵体尾部切除術を施行し、術後の在院日数は13日(中央値)でした。また、2022年4月からはロボット支援下膵体尾部切除術を開始しており、2023年12月までに31例(脾合併切除:7例、脾温存手術:11例、膵癌に対するロボット支援下RAMPS: 13例)を施行しております。過去の私たちの経験症例では手術関連死亡(術後90日を超える症例も含めて)はございません。この腹腔鏡下膵体尾部切除術の主な合併症は膵臓を切離した切離断端から膵液が漏れてくる「膵液瘻」という合併症ですが、ドレナージ等の侵襲的な処置を要した膵液瘻の発生率は約10%弱(2019年から2021年12月の過去3年間では8%)でした。当科では国内トップクラスの膵臓外科技術と経験を駆使して、安全かつ確実な腹腔鏡下膵切除術を提供します。

腹腔鏡下膵体尾部切除術 術式と手術件数
2010.10〜2023.12 / 146例

腹腔鏡下膵切除術 年次手術件数
三重大学医学部付属病院肝胆膵・移植外科
2015〜2023.12