Infection Control News第2号:ICTレポート

(感染対策チームニュース)2000.5.1 発行
◆ICTレポート ◆◆  

1)活動内容:前回のICTニュースで紹介したとおり三重大学医学部附属病院院内感染対策委員会規程第10条に基づき,ICTが設置され,その活動の具体的内容は感染の発生予防,感染発生時の発生源の調査・拡散防止,再発防止などおおよそ13項目にのぼります(院内感染対策マニュアルに記載)。なお,当委員会は月1回の定例会議を開催し,臨床の場へこれらの情報を提供しています。  

2)メンバー紹介:構成メンバーは検査部の吉村 平を代表に救急部の千種弘章,小児科の伊藤正寛,歯科口腔外科の野村城二の教官4名,検査部の川原重治,松島佳子,薬剤部の中尾 誠,看護部の西井惠子,地崎真寿美の技官5名,事務部の瀬古一巳の計10名で活動に勤めています。  

3)今年度の活動方針:院内感染対策は環境整備が最も大切であることから「環境対策を再考しよう」ということで院内のフィールドを足元から見直し,問題点をピックアップし改善していく予定です。これまでの院内感染防止対策は経験的に行われ科学的根拠のないことが指摘されていました。具体的には粘着マットや薬液浸漬マットの設置,ガウンテクニック,スリッパの履き替えなどの再検討を計画しています。必要不可欠なものかを後知恵し,経済的な効率化をも推進する必要があります。  

4)結核感染対策:ICTでは結核の院内感染予防対策の一環として ・平成12年度新規採用職員(39歳以下)に対するツベルクリン反応検査の実施。 ・外来における採痰ブースの設置の2項目を要求事項として申請しておりましたがこのほど認められ,近く実施の運びとなりました。詳細は決定次第お知らせいたします。   

5)アンケート調査の結果報告:インフルエンザの施設内感染対策として昨年末に病院職員の希望者にインフルエンザワクチンの接種が行われました。3月にインフルエンザに関するアンケート調査を行いましたので報告致します。 アンケートは
1) インフルエンザワクチン接種の有無。
2) 平成12年1月1日から2月29日の間にインフルエンザによると思われる発熱の有無。
3) 発熱があった場合の発熱の程度と持続時間について答えて頂きました。 この結果を表にまとめました。  

1) 発熱の有無 医師(検査部・薬剤部・放射線部・医事課含む)

       

発熱

          

あり     

なし

接種者  265     

33(12.5%)   

232(87.5%)

非接種者 186     

24(12.9%)  

162(87.1%)

看護婦

       

発熱

               

  あり       

 なし

接種者  167     

24(14.4%)   

143(85.6%)

非接種者 195       

34(17.4%)    

161(82.6%)

  1. 発熱の程度

医師等

    

最高体温

持続日数

    

37℃台  

38℃台 

39℃以上 

2日以内 

3日  

4日以上

接種者 

 10(3.8%)

 18(6.8%)   

 5(1.9%)

20(7.5%)

 9(3.4%)

4(1.5%)

非接種者 

 9(4.8%)

 9(4.8%)

 6(3.2%)

13(7%)

 8(4.3%)

3(1.6%)

看護婦

    

最高体温

持続日数

    

37℃台  

38℃台 

39℃以上

2日以内 

3日  

4日以上

接種者 

 4(2.4%)

13(7.8%)

 7(4.2%)

14(8.4%)

7(4.2%)

3(1.8%)

非接種者 

3(1.5%) 

17(8.7%)

 14(7.2%) 

12(6.2%)

9(4.6%)

13(6.7%) 

インフルエンザワクチンのおおよその接種率は医師などが約60%,看護婦約40%でした。接種率は診療科によってかなり差があります。アンケート調査の結果では発熱率はインフルエンザワクチン接種群,非接種群では差はありません。最高体温,発熱の持続日数についても接種群,非接種群では大きな差はありませんが看護婦の方で39℃以上の発熱を認めた人の割合が非接種群でやや高い傾向があります。血清抗体,ウィルス分離,抗原検索,病院内全体でのインフルエンザの発症数を把握しないとワクチンの効果の評価は困難ですが,症状からはインフルエンザワクチンが症状の軽症化に役立った可能性はあるといえます。インフルエンザのハイリスク患者にインフルエンザを感染させる可能性のある医療従事者にはインフルエンザワクチン接種が推奨されています。インフルエンザは強い臨床症状をおこす感染症ですが,気道ウイルスの中では唯一予防可能な感染症でもあります。今後も医療従事者は自己の健康管理と同時に院内感染源とならないように認識をもって頂きたいと思います。  

◆感染症発生動向調査から ◆◆  

1)耐性菌情報:当院の3月におけるMRSA感染患者数は15名で,内11人が新規患者です(前月比で新規患者は1名増)。ペニシリン耐性肺炎球菌感染症は1名でした(前月比は変わらず)。薬剤耐性緑膿菌感染症はありません。(詳細は感染対策チーム・ICTにお問い合わせ下さい。総務課:内線5709)  

2)HIV情報:厚生省発表のHIV感染患者数(平成11年12月27より平成12年2月27日までの2ケ月間)は法定報告43件(前回42件),任意報告1件(前回2件),感染者数は44件(前回91件)でありました。今回報告の特徴は前回(平成11年11月1日より12月26日)と比較して患者数は42件から43件とほぼ同数でありました。感染者数は91件から44件と減少しています。減少の主なものは,日本人男性でした。
 三重県におけるエイズ患者・HIV感染者の報告受理(平成11年12月27日〜平成12年2月27日)状況は,患者数は女性が1名のみで感染者数はありませんでした。累積(平成元年2月17日〜平成12年2月27日)では男性27名(11名),女性は39名(34名)でした。( )は外国人  

◆ 感染症レクチャー◆◆  

 バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)  

《定義・疫学》:本菌はバンコマイシン(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌;MRSAの治療に用いられる抗生物質)に対し耐性を獲得した腸球菌です(Vancomycine Resitant Enterococci;VRE)。1986年フランスで発見され以後米国,EU各国を中心に院内感染によるVRE感染症が報告されています。わが国においては,1996年にVREが入院患者から最初に分離されて以来10数例分離され,これまで院内感染の報告はありませんが,特に家畜に投与されるグリコペプチド系抗菌薬であるavoparcineとバンコマイシンやテイコプラニンに対する耐性との関連が指摘されています。今後の動向に注意が必要です。  

《細菌学的特徴》:腸球菌はヒトの腸管,女性外陰部の常在菌であるが,状況により異所性感染を惹起します。グラム陽性の短レンサ球菌で,現在19種類の菌種が報告されています。臨床分離される腸球菌の80〜90%はE.faecalisで,残りの10〜20%はE.faeciumを主として,E.gallinarum,E.aviumなどが分離されます。  

《臨床的特徴》:腸球菌の病原性因子としては,β溶血毒素,bacteriocin,蛋白分解酵素などが知られていますが,強い毒素生産はなく弱毒菌です。腸球菌の分離頻度は,ブドウ球菌と同様に多くみられ,尿・膿・帯下・喀痰・胆汁・血液などから多く分離され,主に悪性腫瘍などの基礎疾患を有する易感染状態の患者において日和見感染症やカテーテル性敗血症(line sepsis)などを惹起します。また,尿路感染症,亜急性心内膜炎の原因菌でもあります。  

《感受性》:腸球菌はゲンタマイシンのようなアミノグリコシド系抗菌薬あるいはセフェム系抗菌薬に対しては,薬剤の細胞内取り込みが低いため自然耐性であり,現存するあらゆる抗菌薬に対して獲得耐性になりうる可能性があります。通常腸球菌感染症に対しては,ペニシリンGあるいはアンピシリンとアミノ配糖体の併用が推奨されます。  

《分類》:VREはバンコマイシンとテイコプラニンに対する耐性度の違いによって主に3つのグループに分けられます。ClassA VanA タイプは,バンコマイシン・テイコプラニン双方に高い耐性を示し誘導型の耐性であります。ClassB VanBタイプは,バンコマイシンに対してはさまざまなレベルの耐性を示すが,テイコプラニンに対しては感受性を示します。ClassC VanCタイプは,バンコマイシンに対しては低レベルの耐性で,テイコプラニンに対しては感受性を示します。また,特定の菌種に存在し,構成型の自然耐性であります。臨床上最も問題となる耐性は,VanA耐性菌で,腸球菌のE.faecalis,E.faeciumにおいて分離され,その遺伝子にはプラスミド上に存在し,接合伝達するものもあります。  

《耐性機序》:バンコマイシンは細胞壁ペプチドグリカン合成の前駆体ペンタペプチドのpeptidyl-D-alanyl-D-alanineに結合し細胞壁合成を阻害します。VREでは,peptidyl-D-alanyl-D-alanineが他の物質に置換されることによりVCMが結合できなくなりVCM耐性となります。VanA,VanB型菌では、-D-alanineが-D-lactateとなり,VanC型菌では-D-alanineが-D-serineとなります。遺伝子の乗ったRプラスミドは,外来性の酵素を細胞内で産生し,腸球菌の代謝経路を大きく変化させ,細胞壁の構造を完全に変えてしまうという離れ業をやってのけます。バンコマイシンは,細胞壁の一部に結合して作用するのですが,このプラスミドが入ると,もはやバンコマイシンはその作用点を失い,全く効かなくなってしまいます。  

《治療》:重症院内感染症の原因菌として問題となるのはclassA VanAタイプとclassB vanBタイプです。従って現存する抗菌薬のすべてに無効である場合も起こり,治療を困難にしています。現在のところ,日本では,まだニューキノロン剤に対して感受性を示す株もあります。開発中の薬剤としてオリゴサッカライド系,マクロライド系,オキサゾリジン系など数種あり,これらは優れた抗菌力を示すといわれています。     

            ◆ 感染対策Q&A◆◆  

Q:インフルエンザワクチン接種を受けた人から,かぜをひいてしまったといわれました。どのように説明したらよいでしょうか。
A:ワクチン接種後のかぜ罹患がよく問題にされます。かぜ患者の中には,インフルエンザ以外の他のかぜ症状を示す類似疾患の患者が多数含まれています。区別するには,臨床的な診断に加えて,ウイルス学的検査・血清学的検査などを合わせて行う必要があります。かぜは多種類のウイルスによって起きています。ワクチン接種を受けたひとであっても,ときにインフルエンザに罹患することがありますが,ワクチンの効果は80%といわれています。流行後の罹患状況調査において,他のかぜによるものがワクチン接種者で56〜88%,非接種者で31〜63%というような報告があります。ワクチン接種を受けた人は他のかぜに罹患している可能性が高いにもかかわらず,インフルエンザに罹患したような誤解をしています。科学的な根拠に基づいた説明を十分にして,理解を得る必要があります。  

◆INFORMATION ◆◆  

1)ガウンテクニックは必要か:当院の医療スタッフの間で常に賛否両論のある事の一つにICU,NICUなどに入室する際の着替えの問題があります。青梅市立総合病院は1997年にガウンテクニックを廃止し,そのままの服装でICUに出入りが可能としています。しかし一方では,家族や職員には厳重な手洗いが求められます。同病院の星 和夫院長は,米フロリダ州の病院を視察した際ICUにコートと土足のまま入れたことから感染の危険を尋ねたところ,「全く心配ない」という答えが返ってきたとのこと。逆に「日本では薬の入った段ボール箱やビンの外側も消毒するのか。患者の食事も滅菌するのか」と聞かれ,「服につく菌を恐れても他はむとんちゃく,むだな規制だった」と納得された(朝日新聞から)。
 また,今年の3月10日に開かれたMINCS(MINCS-UH;Medical Information Network by Communication Satellite between University Hospital)で「院内感染防止対策」について討論があり,このことについて当院の千種委員から話題提供がありました。京都大学,名古屋大学,鹿児島大学でも検討はしているが,一歩踏み込むまでには至っていないとのことでした。古い習慣を一気に変更するには抵抗もありますが,当院もICTの今年度の活動方針である「環境対策を再考しよう」を実践するために是非とも検討に値するものと思われますが,いかがでしょう。       

       2) バンコマイシン耐性菌に新抗生物質,米で認可:米食品医薬品局(FDA)は,日本でも問題になっている,抗生物質が効かないバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に効果がある新しいタイプの抗生物質の販売を認可した。
 この抗生物質は米ファーマ社が開発したザイボックス(一般名リネゾリド)。FDAによると,VREに感染した145人の患者を対象に臨床試験を行ったところ,67%の患者から炎症や発熱などの症状が消えた。
 ザイボックスは,細菌がたんぱく質をつくるのを妨げて増殖するのを防ぐタイプの抗生物質。FDAによると,この種の抗生物質が認可されるのは世界で初めてという。(4月19日読売新聞から)  

3) 骨髄移植の死亡率に差なし(無菌室):国立がんセンター中央病院幹細胞移植療法室の峯石 真医長は昨春まで8年間,米国で骨髄移植の専門医であった。峰石医長によると,「米国ではもう無菌室は使われなくなっているという」。理由は「感染を恐れ,何もかも無菌でと始まった骨髄移植だが,80年代半ばまでの臨床研究から無菌室の有無で死亡率に差がないことがわかり,92,93年頃から大半の病院は経費がかかる無菌室を閉鎖してしまった。クラス5000の準無菌室でも移植しているという。外からの感染で怖いのは細菌よりカビのアスペルギルスで,フィルターできちんとカビを除けば,必ずしも無菌室でなくてもいい」。と述べている。(4月23日 朝日新聞から)


go to guest pagego to domestic page
三重大学医学部附属病院感染対策チーム
三重県津市江戸橋2-174

E-mail: s-kenko@mo.medic.mie-u.ac.jp

なお、三重大学医学部の公式サーバーは、http://official.medic.mie-u.ac.jpです。