Infection Control News第5号 2000.11.1 発行

三重大学医学部附属病院 感染対策チーム(ICT)
◆ICTレポート ◆◆  

  1. 今冬もインフルエンザワクチンを予防接種:院内におけるインフルエンザ予防対策として昨年の接種効果を検討した結果,引き続き教職員・患者の皆さんを対象にワクチンの接種を勧奨することになりました。接種時期は昨年とほぼ同様12月初め,1回接種です。

  2. 感染対策チーム(ICT)メンバーが交替:4月の薬剤部の組織内移動により勝田秀夫委員から中尾 誠委員への交替がありました。またICT発足時よりチームの中心的存在であった千種弘章委員が8月末で退官されたことから,その後任に胸部外科の田中國義先生が新しく委員に選出されました。

  3. ツベルクリン反応検査結果から:6月に本学教職員を対象にツベルクリン反応検査を実施しました。その結果「2段階検査において陰性であった29歳以下の職員,並びに感染リスクの高い内視鏡・病理部・細菌検査室所属職員にはBCG接種を,中等度陽性者以上には胸部X線直接撮影」を受ける様にICTから勧告を出しました。

  4. 安全器材を導入:中央材料部はこのほど,従来の「翼状針」を見直し検討,新たに「翼状 針(誤刺防止機能付)」を導入しました。ICTでも予てから針刺し事故防止対策に積極的に取り組んでいることから,同部の藤井美夜子婦長よりその概要の説明を受けました。同婦長は特に「医療材料の安全対策は新物流システムを考慮した一元管理」が最重要であることを力説。さらに,医療事故・院内感染防止両面から情報交換の必要性も言及されました。

◆感染症発生動向調査から ◆◆

  1. 耐性菌情報:当院の9月・10月のMRSA感染患者数はそれぞれ15・14(人)で,内8・10(人)が新規患者です(前月比で新規患者は9月・10月とも2人増)。ペニシリン耐性肺炎球菌感染患者数,薬剤耐性緑膿菌感染患者数は9月・10月ともありません。

  2. HIV情報:厚生省エイズ動向委員会は9月26日,本年6月26日〜8月27日までの約2ヶ月間におけるエイズ患者数は法定報告63件(前回57件),任意報告3件(前回0件),感染者数は82件(前回64件)であったと報告しています。
    今回報告の特徴は,
    1. 前回報告と比較して,患者6件,感染者18件の増でした。このうち,HIV感染者同様,患者・感染者ともに異性間及び同性間性的接触によるものが大半を占めています。 
    2. 年齢別では患者・感染者ともに各年齢層に分布。患者では30代40代,感染者では20代30代が占める割合が高く,特に20代の日本人男性感染者は7件増加しています。
    三重県のエイズ患者数・HIV感染症の報告受理数(本年6月26日〜8月27日)は,患者数は男性0件(0),女性は1件(1),感染者数は男性2件(0),女性1件(1)でした。 ( )は外国人

◆ 感染症レクチャー◆◆

気道ウイルス感染症

《気道感染症を起こすウイルス》
 気道は鼻腔,咽頭から喉頭,気管,気管支,細気管支,肺胞に至る空気の通る道ですが,空気中の病原微生物を吸入することにより気道に感染が起ります。気道に感染を起こす微生物として細菌,ウイルス,マイコプラズマ,クラミジア,真菌がありますが,今回はウイルスについて解説します。 気道感染症は主な感染部位によって鼻炎,咽頭炎,喉頭炎,気管・気管支炎,細気管支炎,肺炎に分類されます。気道に感染症を起こすウイルスとしてはコロナウイルス,ライノウイルス,アデノウイルス,RSウイルス,パラインフルエンザウイルス,インフルエンザウイルス,エンテロウイルスがあります。 麻疹ウイルスは全身感染症を起こし麻疹の症状として気道症状を起こしますが,気道ウイルスには通常入れません。気道ウイルスはそれぞれのウイルスに多数の血清型があり,100種類以上が知られています。同じような気道感染症は異なったウイルスによって起りますが,主な病型,罹患年令,季節性,流行状況によりある程度は鑑別が可能です。

《感染経路》
感染経路は空気感染,飛沫感染,接触感染の3つに大別されますが,気道ウイルスの大部分は飛沫感染と接触感染です。感染力のあるウイルスを含んだ飛沫が咳,くしゃみ,会話などにより空気中に飛び,飛沫が空気中を通って鼻粘膜,口腔粘膜,結膜などに到達し定着し感染が成立します。飛沫は空気中を長く浮遊していることはなく,せいぜい1メートル内外です。
RSウイルスとパラインフルエンザウイルスについては感染性の飛沫粒子が,患者の衣類などに残存し,手指で接触し,ウイルスが付着した手で口や鼻から感染する経路,つまり間接的な接触感染が重要であるといわれています。したがってRSウイルス感染症(新生児,小児,免疫不全の小児)パラインフルエンザウイルス感染症(幼児と小児の呼吸器疾患CDCのガイドライン)は接触予防感染が必要で,特に手洗いが重要です。

《臨床症状》

  1. 鼻炎(普通感冒):いわゆる「かぜ」ですが,鼻汁,くしゃみが主症状で咽頭痛,咳 嗽,軽度の発熱を伴います。原因ウイルスとしてはライノウイルス,コロナウイルスが最も多くエンテロウイルス,アデノウイルスも原因になります。
  2. 咽頭炎:咽頭痛,頭痛,咳嗽,発熱が主でインフルエンザウイルス,パラインフル エンザウイルス,エンテロウイルス,ライノウイルスなどが原因で乳幼児ではアデノウイルス,RSウイルスも原因になります。アデノウイルスは咽頭結膜熱と滲出性扁桃炎の原因です。
  3. 喉頭炎:発熱、犬吠様咳嗽,嗄声,吸気性喘鳴,呼吸困難が症状でクループとも呼 ばれます。乳幼児の場合は重症な呼吸困難を呈することがあり,入院を必要とする場合もあるので注意が必要です。主としてパラインフルエンザウイルスの感染によりますが,冬期になりますとインフルエンザウイルス,RSウイルスによる場合もあります。
  4. 気管支炎:インフルエンザウイルス,パラインフルエンザウイルス,RSウイルス が主です。冬期に流行する細気管支炎は乳児期のRSウイルス感染によるものが多く,症状は咳嗽,喘鳴,呼吸困難,チアノーゼを呈しレントゲン上過膨張の所見があります。乳児のRSウイルスによる細気管支炎は重症の呼吸困難を示すことがありますので注意が必要です。
  5. 肺炎:RSウイルス,インフルエンザウイルス,パラインフルエンザウイルス,ア デノウイルスによって起ります。免疫不全状態ではサイトメガロウイルス,アデノウイルス,麻疹ウイルスによる重症で致死的な肺炎を発症することがあります。ウイルス性の肺炎は発熱,咳嗽,呼吸困難を呈しレントゲン上間質性の陰影を認めます。細菌性肺炎,マイコプラズマ,クラミジアによる肺炎との鑑別が必要です。アデノウイルス7型による重症な全身感染を伴う肺炎が報告されています。
  6. インフルエンザ:急激に高熱,頭痛,筋肉痛,倦怠感などの全身症状で発症し,咳 嗽,咽頭痛を伴います。高齢者や肺に基礎疾患がある場合は重症になりやすいので注意が必要です。また小児の場合はインフルエンザによる脳炎,脳症が注目され,1シーズンで200例以上の報告があります。発症は急激で痙攣、意識障害を伴い予後は極めて悪い合併症です。インフルエンザによる脳炎,脳症は欧米では報告がなく機序もよくわかっていません。脳や髄液からインフルエンザウイルスが証明されることは少なく,インフルエンザウイルス感染に伴うサイトカイン産生が関与していることが考えられています。インフルエンザは高齢者,呼吸器に基礎疾患のある人,乳幼児は特に注意が必要です。流行期になりますと,医療従事者が院内感染原となることがありますので予防と健康管理が特に重要です。

《診断》
気道感染症のウイルスの病原診断は臨床症状からは困難です。症状,季節,流行状況によってある程度は絞ることは可能ですが,確定診断はウイルス学的検索が必要です。ウイルス分離は鼻咽腔スワブ,洗浄液を採取して感受性細胞に接種してウイルス分離を行います。血清診断はペア血清でウイルス抗体価を測定することが必要です。ウイルス抗原の迅速な診断法としてA型インフルエンザウイルス迅速診断キットが(Directigen Flu A)が発売されています。咽頭ぬぐい液,または鼻汁を検体として約10分でベッドサイドで結果が得られますので大変有用です。A型B型インフルエンザを迅速診断できるキット(FLU OIA)も有用ですがまだ保険点数が決まっていません。

《治療と予防》
気道ウイルスの中で治療と予防が可能なのはインフルエンザのみです。他のウイルスは解熱剤,鎮咳,去痰剤,抗ヒスタミン剤などの対症療法が主体です。ウイルス感染症には基本的には抗生物質は無効ですが、インフルエンザウイルス感染がある場合には細菌感染症の合併が高くなるとの報告もあり日本では抗生物質が使用されることが多いです。インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス剤としてはA型に効果のあるアマンタジン,A型B型にも有効なノイラミニダーゼ阻害剤のザナミビールの吸入療法があります。いづれも感染初期に使用すれば症状の軽症化に有効です。またインフルエンザワクチンは高齢者,肺に基礎疾患のあるハイリスクの人はむろん医療従事者は個人の健康管理と院内感染予防のためにも積極的にワクチンを受けた方がよいでしょう。昨年の当院でのインフルエンザワクチン接種後の効果ではワクチンを受けた人の方が症状は軽い傾向がありました。

《気道疾患の原因となるウイルス》

気道疾患の原因となるウイルス

病原ウイルス

血清型

臨床症状

RSウイルス

細気管支炎,肺炎,気管支炎,上気道炎

パラインフルエンザウイルス

クループ,気管支炎,細気管支炎,肺炎

インフルエンザウイルス

インフルエンザ,クループ,上気道炎,肺炎

コロナウイルス

3以上

普通感冒

エンテロウイルス

65

咽頭炎,ヘルパンギーナ,普通感冒

ライノウイルス

100以上

普通感冒

アデノウイルス

42

扁桃炎,肺炎,細気管支炎,百日咳様症候群

 

気道ウイルス感染症の特長

季節

夏:ヘルパンギーナ,プール熱

冬:インフルエンザ,RSウイルス

年齢

乳児:RSウイルス

幼児:アデノウイルス,エンテロウイルス

学童:インフルエンザウイルス

病型

普通感冒:ライノウイルス

咽頭炎:アデノウイルス,エンテロウイルス

滲出性扁桃炎:アデノウイルス,EBウイルス

クループ:パラインフルエンザウイルス

口内炎:ヘルペスイウルス,コクサッキーウイルス

細気管支炎:RSウイルス

肺炎:RSウイルス,アデノウイルス

◆ 感染対策Q&A◆◆

Q:最近,セラチア菌による院内感染が問題になっていますが,院内感染対策が必要な場合について教えて下さい。
A: セラチア菌は大腸菌や肺炎桿菌などに近いグラム陰性桿菌で,自然界・ヒトおよび動物の糞便内に生息する日和見病原菌です。セラチアの感染が問題となるのは,手術の後や重篤な疾患などが原因で抵抗力の減弱した患者(易感染患者)の日和見感染症です。特に本菌が血液・腹水・髄液などから分離される場合,その産生するエンドトキシンに誘発され,多臓器不全を起こし不幸な転帰をとることが少なくありません。主な起因菌はセラチア・マルセッセンス(Serratia marcescens)です。対策が必要な場合としては 1)複数の患者の血液などから同時期に分離された 2)イミペネムなどに耐性を獲得した菌が分離された 3)喀痰や尿などからセラチアの分離率が急増した場合 等です。多剤耐性を獲得したセラチアの場合は内因感染ですので単発例や散発例でもMRSAなどと同様,患者さんの処置後や検体に接触した場合などは充分な消毒が必要です。 特に,今年大阪府堺市の病院で起ったセラチア菌による院内感染を教訓に消毒剤の徹底管理が必要です。また,血液などの「無菌的な」検体からセラチアが分離された場合には,汚染された注射材や点滴ルートが原因で外因性に菌が侵入したことが考えられますので感染原因の究明と対策が必要になります。

◆INFORMATION ◆◆

  1. 院内感染対策協議会: 院内感染が各地で深刻な問題になっているのを受け,全国に42 ある国立大学病院が10月13日(金),院内感染対策協議会(議長;武沢 純・名古屋大学教授,事務局長;太田美智男・名古屋大学教授)を設立。これは,国立大学病院が協力して感染発生の監視から予防対策まで幅広く対策指針やシステムをつくり,実践していくことで医療界全体の取り組みを活発化させるのがねらいです。 協議会の具体的な活動目的に
    1. 病院内感染患者の発生動向に関するサーベランスの実施
    2. 結核や薬剤耐性菌を含む感染症患者に対する予防・治療・看護ガイドラインの確立
    3. ICT構成員に対する教育・連絡網(ホームページ)の確立
    4. 消毒薬使用,施設衛生管理に関するガイドラインの確立
    5. 医療廃棄物に対する管理指針の確立
    6. 針刺し等医療事故に対する実態調査・予防措置・対策指針の確立, 等が設定されています。

  2. 医療事故防止研修会: 最近医療事故が頻発しており,医療におけるリスクマネジメントが問われています。当院でも臨床の現場で「ヒヤリ・ハット」の報告書の提出と危機管理マニュアルを作成。医療事故を防止するためには組織的な取り組みが必要なことから,10月13日(金)医学部臨床第三講義室で,厚生省の医療事故防止に関する検討委員会の委員である杏林大学教授の川村治子教授を講師に研修会が開催されました。 講演要旨は,
    1. 医療(看護)事故・過誤と法的責任
    2. 医療事故防止とリスクマネジメント
    3. ヒューマンエラーはなぜ起きるのか
    4. リスクマネジメント構築の経験から
    5. 医療のクライシスマネジメント
    6. リスクマネジメントからみた看護事故防止の考え方
    7. 報道事例等から学ぶ, など。他施設からも多数の出席があり,「いかにして医療事故を防止するか」の体制を確立するための重要な研修会でありました。

  3. レジオネラ症の死亡率は7%: 新興感染症の一つであるレジオネラ症にかかった人は,昨年4月から今年6月までに国内で145人おり,死亡率は7%だったことが,感染症新法にもとづく厚生省の発生動向調査でわかりました。これまで患者数などは不明で,死亡率は「3割程度」とされていました。
     国立感染症研究所の情報センターのまとめによると,患者145人のうち男性が8割,50代から70代が76%と,中高年男性が罹りやすい傾向にあります。感染源が推定できているのは69人で,うち86%が公共の入浴施設や家庭の24時間風呂でした。
     岡部信彦・情報センター長は「風呂はレジオネラ菌にとって快適な温度なので,菌が増殖しやすい。入浴設備の衛生管理を徹底することがとても重要です」と述べています。(10月29日:朝日新聞)

◆ OUTBREAK ◆◆

  1. 医師,看護婦ら22人結核感染?埼玉の病院 (9月 5日:読売新聞)
  2. 新生児17人らMRSA感染 富山の病院 (9月28日:読売新聞)
  3. 透析患者5人がC型肝炎に福岡の専門病院で院内感染? (10月 3日:朝日新聞)
  ★ 感染予防の第一歩は手洗いから ★

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三重大学医学部附属病院感染対策チーム
三重県津市江戸橋2-174

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