◆ICTレポート ◆◆
- 「院内感染対策マニュアル」を一部改訂:当院でも針刺し事故が多発し,事故後
の手続きなど,一部不明瞭な点を改善する必要性が生じたことから,現在マニュアル
の見直しを行っています。また,職員の予防接種等による感染予防対策の項で,
「(3)麻疹,ムンプス,水痘,風疹,伝染性紅斑等に対する免疫の有無をチェック
する。」の一項を「新採用時に,麻疹,水痘,風疹の既往があるかを問診で確認し,
それがない場合には予防接種を行いその抗体価を検査する(自己負担)」に一部改訂
することになりました。
- 「針刺し事故防止」講演会開催のお知らせ:針刺し事故防止対策の一環として来
る3月6日(火曜日)午後5時30分から,当院臨床第2講義室で,名古屋市立東市民病院小児科の木戸内 清先生を講師にお招きし『日本における医療職の安全衛生の課題
;血液・体液暴露による職業感染の予防,針刺し・切創事故の現状と実施可能な予防対
策・効果』の講演会を行う予定です。
- 「感染対策チーム」委員が交替:昨年12月田中國義(胸部外科)委員の転出に伴
い,新たに小野田 幸治(胸部外科)先生へ委員の交替がありました。
- 「インフルエンザ脳炎・脳症」の発生動向調査:厚生労働省が例年行っている
「インフルエンザの臨床経過中において脳炎・脳症を発症した患者の発生動向調査」
が今冬も実施されることになりました。報告の対象とするインフルエンザは,@ 臨
床診断のみによるもの,A 臨床診断に加え,家族が既にインフルエンザウイルス感
染の確定診断がなされている例と疫学的な関連が考えられるもの,B 臨床診断に加
え確定診断がついているもの等です。「インフルエンザの臨床診断とは,39.0度以上
の発熱,呼吸器症状,頭痛を伴って急激に発症するものとし,確定診断はウイルス分
離あるいは抗原の直接的検出(迅速診断キットを含む)が証明されたものです。ま
た,『脳炎・脳症の診断は,発熱及び何らかの意識障害を伴うもの』とし,いわゆる熱
性痙攣及びその他の重積状態は除く」となっています。なお,調査期間は平成13年1
月1日から平成13年3月末日迄です。
◆感染症発生動向調査から ◆◆
- 耐性菌情報:当院の2000年11月・12月・2001年1月のMRSA感染患者数はそれぞれ12・10・14人で,この内11・7・10人が新規の患者です。(前月比で新規患者は11月が1人増・12月は4人減・1月は3人増)。ペニシリン耐性肺炎球菌感染患者数,薬剤耐性緑膿菌感染患者数は11月・12月・1月ともありません。
- HIV情報:厚生省エイズ動向委員会は2000年12月5日,2000年8月28日〜10月29日までの約2ヶ月間におけるエイズ患者数は法定報告62件(前回63件),任意報告1件(前回3件),感染者数は88件(前回82件)であったと報告しています。今回の報告では,@ 前回報告と比較して,患者は1件の減,感染者は6件の増でした。このうち,HIV感染者では同性間性的接触によるものが43件,AIDS患者では異性間性的接触によるものが33件と,それぞれ約半数を占めています。A 年齢別では前回同様,患者・感染者数ともに各年齢層に分布しているものの,感染者では20代〜30代,患者では30代以上が占める割合が高くなっています。
前述のとおり,依然として患者・感染者報告件数は増加傾向にあります。2ヶ月ごとの数の合計としては今回と,前回は歴代ワースト2,3でした。感染経路,年齢層別の発生頻度は例年と同様の傾向でした。
三重県のエイズ患者数・HIV感染症の報告受理数(2000年8月28日〜10月29日)は,患者数は男性0件(0),女性は0件(1),感染者数は男性0件(0),女性1件(1)でした。
( )内の数は外国人を示します。
◆ 感染症レクチャー◆◆
院内感染予防の基本対策―手洗い
《はじめに》
院内感染の主な防止対策として「感染源の除去」「感染経路の遮断」「患者の抵抗力増強」等が挙げられます。このうち感染経路の遮断において「手洗い」は最も重要な手段です。従来,手洗いはトイレの後や食事の前等“自己判断に任せた考え方”で
行われていました。しかし,今日の感染防止対策の潮流は緻密に検討されたデータに
基づいた方策(evidence based medicine)により標準予防策(すべての患者のケアに対して行うべき対策)として,“患者中心の手洗い”を心掛けるべきです。この
「手洗い」をいち早く的確に行うことで院内感染を大幅に減少させ,医療の経済効果
をも高めることが出来ます。我々は頭の中でこの「手洗い」が院内感染予防対策上重
要であると実感はしていますが,具体的に「目的は何か,どういう方法で,消毒剤は
使うべきか,効果はあるのか」が正しく認識されていないことがあります。あらため
て基本に立ち返って考えてみたいと思います。
《手洗いの目的》
手洗いの主な目的は,手指から感染性のある微生物を除去し,医療従事者と患者間
の交差感染を防止することです。適正な手洗いをすることで次のような効果が期待出
来ます。
- 医療従事者との交差感染から患者を保護する。
- 未同定の病原体から医療従事者を保護する。
- 医療の質を維持,向上できる。
《手洗いの種類》
手洗いは一般的には,以下の3種類に分類することができます。
- 日常手洗い (Social hand washing)
- 衛生学的手洗い (Hygienic hand washing)
- 手術時手洗い (Surgical hand washing,surgical scrub)
日常手洗い(石鹸+流水)
石鹸と流水による手洗いです。例えば,出勤した時,食事の前,トイレの後,通常
の看護業務の前後に行う手洗い等です。日常手洗いは最も基本的であり,全ての手洗
いはこれが原点となります。
衛生学的手洗い(消毒剤+流水)
消毒剤と流水による手洗いです。医療現場で無菌操作時や感染性の強い病原体に感
染の可能性のある時,その他手指消毒を目的として行う手洗いです。この場合手指に
付着している濃厚な表面汚染を充分除去するためには「30秒以上」の手洗い時間が必
要です。
また,手袋を外した後の手洗いは,石鹸と流水でする必要があります。その理由とし
て
- 汗をかいて,手袋内に微生物が増殖している可能性がある。
- 手袋にピンホールの可能性がある。
- 手袋を外した時に体液などが手に再付着する可能性がある。
以上の3点が考えられます。
手術時手洗い(消毒剤+ブラシ)
ガウンと手袋を着用する直前に,スクラビング(手術時手洗い)として知られてい
る伝統的な方法です。まず,素洗い(予備洗浄)で手と前腕の有機質の皮膜(汚れ)
を十分に洗い流した後,本洗いとしてブラッシングすることが肝要です。米国CDCで
は,すべての手術の前には3〜5分間のブラッシングを勧告しています(カテゴリー
TB)。ブラシが硬すぎて皮膚損傷の原因となる場合があるので使い捨ての柔らかい
ブラシを使用するのが望まれます。ブラッシング後でも,手指が無菌になることはな
いので,7.5%ポピドンヨード,4%グルコン酸クロルヘキシジン等の速効性で効果の
持続する手指消毒を用いて,抗菌スペクトルを広げる試みが必要です。
《手洗いの基本的手技》
- 手順
- 手掌を合わせて洗う。
- 手の甲に伸ばすように洗う。
- 指の間を洗う。
- 指先,爪先の内側を洗う。
- 拇指と手掌をねじり洗いする。
- 指先は,手のひらの中央で円を描くようにこする。
- 手洗いの方法
手洗いは日頃から練習し,どこを注意すれば効果的な手洗いが出来るかを考えてみ
ることも大切です。以下に基本的な注意点を記してみます。
- 流しに栓をしないで流水で洗う。
- 手洗いミスの多い指先,指と指との間,手首および親指の付け根に注意をして手
指全体を強く擦り合わせて洗う。
- 手の高さは肘より低くして,指先から水が落ちるようにすすぐ。
- すすぐ時,衣類や床に水が跳ねないように注意する。
- 洗い終わったら,ペーパータオルを使って両手を十分に乾かす。
- 手洗いの原則
手洗いのポイントは「一処置一手洗い」が鉄則です。しかし,事例(症例)毎に手
洗いの内容は異なり,1回の医学的処置に際しても石鹸と流水だけで良い場合,消毒
剤を使用しなければならならい場合,処置の前後に必要な場合等があります。ただ
し,石鹸だけの場合は毛根中の常在菌が表皮に出現して,むしろ細菌学的には手洗い
後に菌数が多くなる場合があります。このことを考慮して手洗い後の行為が「無菌操
作」を伴うか否かによって柔軟に対応し,最適な方法で効果的な手洗いを励行すべき
です。
- 注意すべきこと
- 手洗いのミスが生じやすい箇所(指先・指と指の間など)を覚えておく。
- 時計指輪などのアクセサリーを外す。
- 爪は短くし,人工爪は着用しない。
- 手洗い後は手指を完全に乾かす。
- 業務中は手で顔などの不潔区域を触らない。
◆ 感染対策Q&A◆◆
Q:針刺し事故(特に肝炎ウイルス)後の経過観察についてご教示下さい。
A:針刺し事故が発生した後の対応は当院の院内感染対策マニュアルに従いますが,
その手順を明確にしておく必要があります。マニュアルを補足して説明しますと,ま
ず,担当医の指示のもとに速やかに汚染源のウイルスマーカー(HBs抗原、HCV抗体
など)を調べるとともに,被汚染者のウイルス抗体価の測定,肝機能検査(GOT・GPT
など)を実施し,以下の手順を速やかに実施することが重要です。
- B型肝炎ウイルス(HBV)
HBs抗原:事故後,1〜6ヶ月の潜伏期を経て血中に出現し,陽性の場合はB型肝炎ウ
イルスに現在感染中であることを意味します。
HBs抗体:本抗体が陽性の場合はHBV感染が終息し,ウイルスが排除された状態にあることを意味します。(一過性感染では発病後4〜6ヶ月後に出現)
成人での初感染は通常は一過性ですが,重症肝炎を呈する場合があり,事故後の経過
観察が重要です。
汚染源がHBs抗原陽性で,被汚染者がHBs抗原・抗体とも陰性であれば速やかに抗HB
sヒト免疫グロブリン(HBIG)を投与する(6時間以内の投与が推奨されますが遅く
とも48時間以内)。さらに,速やかにHBワクチンを接種します。
HBワクチンの接種は初めての場合,当日・1ヶ月目・6ヶ月目の3回を追加します。過
去にワクチンが投与され,抗体価が低値の場合は1回追加接種します。
- C型肝炎ウイルス(HCV)
HCV抗体:HCV感染は慢性肝疾患へ進展しやすいため,その感染予防は重要です。しか
し,HCVに関してはHBs抗体のような中和抗体やHCVワクチンはないため,汚染時は十
分に血液を搾り出し,流水で洗浄することが重要です。HCV抗体の出現は,血中にウ
イルスを保有していることを示し,これが陽性となるまでの期間は2〜14週間である
ため,事故後最低6ヶ月目までは毎月フォローアップすることが望まれます。
汚染源がHCV抗体陽性の場合,まず被汚染者のHCV抗体,GOT,GPTを検査します。
被汚染者がHCV抗体陰性の場合には,事故発生後3ヶ月後に,HCV-RNAの有無を検査します。
- 汚染源不明の場合
汚染源の血液が不特定多数で不明の場合は,HBs抗原陽性,HCV陽性とみなした上で
フォローアップを行います。
針刺し事故後,3,6ヶ月目の検査を受けない人が多いようです。前述のようにウイル
ス感染が成立するまでに数ヶ月かかることもあるため,汚染後1年間はできるだけ検
査を行い,肝機能に異常がみられたら治療が必要です。
◆INFORMATION ◆◆
- マニュアル徹底されず 豊橋・院内感染で報告書: 昨年6月,豊橋市民病院
で,入
院患者5人が「プチダ菌」「セラチア菌」等に院内感染し,このうち70代の女性患
者が死亡した事故で 「豊橋市民病院に係る医療事故及び院内感染調査班」(班長:太
田美智男・名大教授)は昨年11月27日,院内感染に関する調査報告書で,事故原
因については 「患者5人に対する点滴の準備作業で,器具の取り扱いのエラーが重
なったもの」としています。具体的には
- 使用済みの注射器を「カスト(ステン
レス製の煮沸ボックス)に入れた後,「不潔になった表示」として行うべきカストの通
気孔を開けることを忘れた
- 不潔な注射器入りのカストを消毒済みの場所に移動
したこと
等を挙げています。要因としては「マニュアルが徹底されなかった」「看護
教育が十分でなかった」 等が指摘されています。太田班長は「極めて単純なミス。
個人の責任を追及するのでなく,医療システム全体を見直すべきだ」としています。
(2000.11.28:毎日新聞)
- アルコールで死なぬ細菌「バシラス」・東海で19人院内感染:東海地方の総合病
院で昨年,バシラスによる院内感染が起き,19人が発病していたことが判りました。
点滴の管から菌が体内に入り,敗血症を起こしたと考えられます。バシラスはアル
コール消毒では死なないことがあり,医療スタッフが手を消毒するアルコール容器か
ら汚染が広がったとみられています。名古屋大学の太田美智男教授は「バシラスなど
アルコールで十分除菌できない菌は,院内感染対策から見落とされがちだ。認識が低
いので,この菌による院内感染が発生しても気付かない可能性がある。今回の菌は毒
素を出さないタイプだったが,強い毒素を出すものもあるので,注意が必要」と述べ
ています。(2001年1月28日・朝日新聞)
◆ OUTBREAK ◆◆
- 透析患者5人がC型肝炎に 福岡の専門病院で院内感染?
(2000年10月2日・朝日新聞)
- 赤ちゃん14人が院内感染(MRSA)宮城・塩釜 (2001年1月22日・産経新聞)
★ 感染予防の第一歩は手洗いから ★
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