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平成11年度開始 日本学術振興会 未来開拓学術研究推進事業

生命科学領域「昆虫特異機能の発現機構と開発」

吸血刺咬昆虫の生理活性分子の探索と作用機構の解析

(プロジェクト・リーダー:鎮西康雄)

研究目的

 昆虫およびダニの中には、脊椎動物の血液を吸って生活している一群が存在する。これら吸血性昆虫・吸血性ダニの吸血行動は自身の成長や産卵のための養分摂取が主たる目的であるが、その吸血の仕方や飽血にかかる時間は種により様々である。吸血昆虫の刺咬により、宿主動物の皮下組織や血管は局所的な損傷を受けることになり、これにより吸血部位とその周辺では、血液凝固・血小板凝集・血管収縮・炎症反応といった様々な生体反応が惹起されることになる。これら宿主動物の生体反応は昆虫にとって吸血を継続する上で不都合なことが多い。たとえば、血液が固まってしまうと吸血自体が困難になり、炎症や痛みがおこれば宿主に気付かれてしまう。そこで吸血昆虫たちは唾液に含まれる多種多様な生理活性物質を口吻を通して宿主の皮下に注入することにより、これら吸血行動に不利な宿主の生体反応の発生を巧妙に回避しながら吸血している。実際、様々な吸血昆虫唾液腺から、抗血液凝固・抗血小板凝集・血管拡張・血栓溶解・抗炎症・免疫抑制等の生理活性を持つ物質が見つかっている。これらの物質は従来知られている各種のインヒビターとは構造の点で全く異なる新規なものが大部分であり、作用機構も独特である。本研究では、未知の唾液腺生理活性分子を探索・同定しその分子構造と活性特性を明らかにするとともに、吸血機構における生物学的機能・意義を明らかにすることを目的とする。また、いまだ手つかずの天然資源であるこれら特異活性分子を生体機能の解明のための手段物質、さらには新規な医薬の素材分子として活用しようというのが本研究のねらいである。


研究戦略

 吸血昆虫・ダニの唾液腺の生理活性物質について、これまでその一部しか研究されてこなかった。唾液腺自体が小さくそこに含まれる物質を分離・精製し解析することが非常に困難であったためである。
 一方、これら生理活性分子のほとんどが蛋白質であり、種によってはこれらの唾液蛋白質のmRNAが、唾液腺全体のmRNAの70〜80%をも占めることが分かっている。従って、唾液腺cDNAの網羅的クローニングを通してほぼ全ての唾液蛋白質の一次構造を決定し、次にこれらの組換え蛋白質を用いて生理活性のスクリーニングを行うことができると考えた。
 そこで本研究では、(1)唾液腺cDNAライブラリーを作製し、そこからランダムにクローンをピックアップし遺伝子の配列を決定する(EST解析)、(2)得られた遺伝子をバキュロウイルス発現系により大量発現させる、(3)この培地上清(シグナル配列をつけたまま発現させた場合、組換え蛋白質は培地中に分泌される)を直接スクリーニングにかけて生理活性蛋白質を同定する、という方法で吸血性昆虫唾液腺の新規生理活性物質の探索を行った。

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研究成果

 上記の方法に従い、バキュロウイルス発現系により作製した組換え唾液腺蛋白質を用いて、吸血性昆虫の唾液を再構成した。ここでは、ブラジルサシガメ(Triatoma infestans)の例を示す。下図は2次元電気泳動で解析した結果である。左は唾液腺全抽出物で大小あわせて30以上の蛋白質のスポットが見られる。右はEST解析の結果から選抜した主要な十数分子の組換え蛋白質を混合したものである。両者を比較すると、組換え蛋白質の電気泳動の移動度および等電点はnativeのものとよく一致しており、なおかつ採取されたcDNAの多いものは実際の唾液内にも比較的多く含まれることが分かった。同時に昆虫細胞発現系という利点もあり、生理活性を維持したままでの組換え蛋白質の大量発現ができていると期待された。

 

これらの組換え蛋白質を用いて抗血液凝固活性を持つ蛋白質のスクリーニングを行った例を下図に示す。Ti263およびTi369の2種類の蛋白質はヒト血漿の凝固時間を顕著に延長することから、抗血液凝固活性物質であることが分かった。

 

同様の方法で、ハマダラカの一種(Anopheles stephensi)の唾液腺から数種類の抗凝固活性を持つ蛋白質を同定した。このうちハマダリン(Hamadarin)と命名した唾液腺蛋白質は、強力な接触相活性化阻害作用を有していた。接触相は、血液が陰性荷電を持つある種の異物面や血管内皮表面と接触することにより活性化される重要な生体反応である。この系が活性化されると強力な発痛・炎症惹起物質であるブラジキニン(Bradykinin)が産生される。ハマダリンは、接触相の活性化を阻害することによりブラジキニンの産生を強く抑制する(下図)。

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下図は接触相を構成する分子とハマダリンの分子間相互作用をBIAcoreを用いて解析したものである。ハマダリンは血液凝固第XII/XIIa因子および高分子キニノゲンと特異的に結合し、これらの分子が異物面と結合するのを阻害する。このことにより、異物により惹起される接触相の活性化が抑制されると考えられる。

以上の結果よりハマダリンは、蚊刺にともなって起こる急性炎症を抑えることにより、吸血中に宿主動物から発見されるのを回避する生理活性蛋白質であると考えられる。ハマダリンの作用機構の模式図を以下に示す。

 

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