研究内容

私たちは、呼吸器内科学分野、代謝内分泌内科学分野の様々な疾患について、基礎講座と共同で病態解明や新規治療開発を目指した基礎研究をおこなっています。基礎研究では遺伝子改変や薬剤により作製した疾患モデルを用いた研究が中心となっています。また大学病院や関連施設と連携し、検体を用いた臨床研究を行っています。呼吸器内科、糖尿病・内分泌内科のメンバーが、臓器や基礎・臨床の垣根を超えて一丸となって研究を行い、さらなる発展を目指しています。

以下のテーマで研究を行っています。

  1. 肺線維症、肝硬変、糖尿病性腎症などの臓器線維症の発症機序の解明
  2. 臓器線維症の病態形成における細菌叢の役割に関する研究
  3. 癌の抗癌剤耐性獲得機序における組織因子の役割に関する研究
  4. 慢性閉塞性肺疾患の生体防御機構異常に関する研究
  5. 膵β細胞のアポトーシス抑制因子に関する研究
  6. アレルギー性疾患発症機序に関する研究
  7. 免疫反応の異常における凝固系因子の役割に関する研究
  8. MICROBIOMEと疾患

研究成果の一部を紹介します

細菌叢由来アポトーシス促進ペプチドによる肺線維症急性増悪に関与する

特発性肺線維症(IPF)は診断後3~5年で死に至る重篤な疾患であり、特にIPF急性増悪は主要な死因です。IPF急性増悪において、肺胞上皮細胞のアポトーシスが起こることが知られていますが、その根底にある機序は不明です。また、肺内細菌叢のアンバランスが肺線維症の病態の進行、肺機能の悪化などと有意に相関していることが報告され、肺内細菌叢がIPFの原因の一つとして注目されていますが、病因となる細菌の同定や、その媒介因子は不明です。

私たちはIPF患者と肺線維症マウスの肺細菌叢が類似し、好塩菌が豊富であることを報告し(Front Microbiol 18:1892, 2018)、特定の好塩菌がIPFの病態を悪化させていると仮説を立てました。TGF-β1トランスジェニック肺線維症マウスを開発し、本マウスの肺組織を高塩環境で培養し16S rRNA遺伝子の配列によりStapyrococcus nepalensisというブドウ球菌を同定し、その培養上清が気管支上皮細胞および肺胞上皮細胞のアポトーシスを促進することを発見しました。さらに培養上清中の生物活性物質のアミノ酸配列を同定し、このペプチドをcorisinと名付けました。corisinは肺胞上皮細胞のアポトーシスを誘導し、肺線維症マウスに投与することで急性増悪を誘導し、さらにIPF患者の気管支肺胞洗浄液中でcorisinが上昇しており、急性増悪を起こした患者ではさらに上昇していることを証明しました(図1)。この研究は細菌叢が放出するペプチドがIPFの病態に寄与することを示唆する世界で初めての研究であり、『Nature Communications』に掲載されました(Nat Commun. 2020 Mar 24;11(1):1539.)。

細菌由来ペプチドcorisinが肺胞上皮細胞のアポトーシスを誘導し肺線維症急性増悪を引き起こす

細菌由来ペプチド阻害による肺線維症急性増悪・急性肺障害の治療法開発

急性肺障害(acute lung injury;ALI)は、重症肺炎、敗血症や外傷などの様々な疾患が原因で起こる重度の呼吸不全の総称で、致死率が約40%と非常に高い重篤な疾患ですが、有効な治療方法が確立されていません。ALIは、肺胞上皮細胞の過剰な細胞死(アポトーシス)が病気の悪化に関連すると考えられていますが、詳細な発症機構は分かっていません。

私たちは細菌由来アポトーシス誘導ペプチドcorisnを発見し、corisinやcorisinに類似したペプチドを多くの様々な細菌が保持し、細菌が産生するトランスグリコシラーゼが切断されることにより発生することを明らかにしました。corisinおよびcorisin類似ペプチドの働きを抑制するモノクローナル抗体を作製し、複数の急性肺傷害マウスモデルや肺線維症急性増悪マウスモデルに投与したところ、肺胞上皮細胞のアポトーシスが抑制され、病態が改善することが明らかになりました。細菌由来ペプチドを標的にしたモノクローナル抗体が肺線維症急性増悪や急性肺障害の病態を改善しうることを示す世界初の報告であり、研究成果は上記の報告に続いて『Nature Communications』に掲載されました(Nat Commun. 13(1):1558 2022)。

モノクローナル抗corisin抗体が肺線維症急性増悪、急性肺障害の病態を抑制する

マトリックスメタロプロテイナーゼ-2過剰発現による慢性閉塞性肺疾患モデルの開発

慢性閉塞性肺疾患は、世界の死亡原因として3番目に多いが、薬物治療は対症療法しかなく、新規治療法が必要とされています。慢性閉塞性肺疾患の動物モデルは、病態解明や治療法確立のために重要ですが、これまでの動物モデルは、作製するのに長い時間がかかりました。本研究では、慢性閉塞性肺疾患の病因におけるマトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP)の役割に焦点を当て、MMP-2の肺での過剰発現によりタバコ煙抽出物質への短期暴露後に肺気腫が発症するかを検討しました。MMP2トランスジェニックマウスをタバコの煙抽出物に2週間曝露したところ、肺気腫性変化、炎症性細胞の浸潤の増加、および肺における炎症性サイトカインの上昇を示しました。この新しいCOPD疾患モデルは、タバコ煙に関連する肺気腫の新しい治療法を開発に有用であると考えられます。(Biochem Biophys Res Commun. 2018 Feb 26;497(1):332-338.)。

MMP2過剰発現マウスは短期間のタバコ煙への暴露によりCOPDを発症する

組み換えトロンボモジュリンがGPR15-Akt経路を介して慢性腎臓病を改善する

慢性腎臓病は糖尿病、高血圧など様々な基礎疾患により起こり、末期腎不全へと進行すると透析や腎移植といった腎代替療法の他に有効な治療法がなく、新たな治療法の開発が強く求められています。慢性腎不全は基礎疾患によらず、腎線維化という共通の経路を伴うことが知られています。トランスフォーミング成長因子β1(TGFβ1)は腎線維化の発症機序の主要な因子と考えられています。一方、ヒト組換えトロンボモジュリン(rhTM)は国内でDIC治療薬として認可されており、近年その臓器保護作用、細胞保護作用が注目されています。私たちはrhTMが腎保護作用を有するか評価するために糸球体特異的ヒトTGFβ1トランスジェニックマウスを新たに開発しました。同マウスが自然経過で進行性に腎線維化をきたし腎不全を起こすのに対し、rhTMの投与により腎糸球体ポドサイトのアポトーシスや間質細胞への分化が抑制され、腎線維化が改善することを明らかにしました。また、その機序として、rhTMがG蛋白質共役受容体(GPR)15を介してAKTシグナル経路を活性化し、抗アポトーシス蛋白質の発現を促進することを明らかにしました。本研究の結果は進行性の腎線維化および腎機能障害の治療に対するトロンボモジュリンの治療効果を強く示唆するものであり、研究成果が『Kidney International』に掲載されました(Kidney Int. 98(5):1179-1192,2020.)。

組み換えヒトトロンボモジュリンが腎線維化を抑制する

糸球体
尿細管間質

組み換えヒトトロンボモジュリンがTGFβ過剰発現による腎線維化を抑制する

トロンボモジュリンがGPR15/AKT経路を介してポドサイトのアポトーシスおよび上皮間葉移行を抑制する

プロテインSが膵β細胞や糸球体ポドサイトのアポトーシスを抑制し糖尿病および糖尿病性腎症を改善する

1型糖尿病は自己免疫的機序により膵β細胞が選択的に破壊され発症し、2型糖尿病は生活習慣などの環境因子と遺伝因子が関与し、インスリン抵抗性とインスリン分泌不全により相対的なインスリン不足となり発症します。いずれの糖尿病においても、β細胞のアポトーシスは糖尿病の病態の主要な機序であると考えられていますが、それを抑制する有用な治療法は未だ確立されていません。また、糖尿病の三大合併症のひとつである糖尿病腎症により腎不全となり、透析導入を余儀なくされる患者が多く、医療経済的にも問題となっていますが、現在の治療では進展抑制に限界があり、根本的な治療方法が必要とされています。

本研究で、私たちはストレプトゾトシン誘発1型糖尿病マウスモデルにおいてヒトプロテインSの遺伝子過剰発現および外因性ヒトプロテインS投与が、膵β細胞のアポトーシスを抑制し、糖尿病の病態を改善することを明らかにしました。抗アポトーシス作用の想定される経路として、プロテインSがMER受容体/Akt経路を活性化することを明らかにしました。また、片腎摘出ストレプトゾトシン誘発糖尿病性腎症マウスにおいて、ヒトプロテインSの過剰発現及び、外因性ヒトプロテインSの投与により病態を抑制することを示しました。本研究成果は、『Diabetes』に掲載されました(Diabetes, 65 (2016), pp. 1940-1951)。

(a)プロテインS過剰発現マウスは、ストレプトゾトシン注射後の膵β細胞の面積が保たれていた。
(b)糖尿病性腎症マウスへの人プロテインS投与により糸球体硬化症が抑制された。

呼吸器内科

呼吸器内科で現在行っている臨床研究をご紹介いたします。

  • Osimertinibによる薬剤性肺障害後の後治療の実態とEGFR-TKI re-challengeの安全性・有効性を調査する後方視的観察研究 Osi-risk Study
  • Performance Status 2の進行非扁平上皮非小細胞肺癌に対するカルボプラチン+nabパクリタキセル+アテゾリズマブ併用療法の第Ⅱ相試験
  • 高齢進展型小細胞肺癌に対するカルボプラチン+エトポシド+アテゾリズマブ併用療法の第II相試験
  • 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)肺炎における細菌由来ペプチドcorisinの検討
  • 国際重症喘息登録 International Severe Asthma Registry (ISAR)
  • 高齢者非扁平上皮非小細胞肺癌に対するカルボプラチン・ペメトレキセド・アテゾリズマブ併用後ペメトレキセド・アテゾリズマブ維持療法の第Ⅱ相試験 CJLSG1902

糖尿病・内分泌内科

糖尿病・内分泌内科では下記のような幅広い臨床研究を行い、学会発表・論文投稿を通じて医学の発展に貢献しています。

承認番号 課題名
H2018-089 糖尿病患者のQOLと認知機能に関する調査研究
1089 1型糖尿病についてのHLA遺伝子の解析
2903 原発性アルドステロン症患者の登録観察
2962 電子カルテ情報活用型多施設症例データベースを利用した糖尿病に関する臨床情報収集に関する研究
3015 2型糖尿病患者を対象とした血管合併症抑制のための強化療法と従来治療とのランダム化比較試験介入終了後の追跡研究(J-DOIT3(追跡))
3066 原発性アルドステロン症患者における副腎静脈サンプリング時の検体を用いた新型迅速コルチゾール測定キットの性能評価試験
H2021-029 糖尿病血管合併症の進行に関する新規バイオマーカーの探索
1043 糖尿病及び肥満におけるインスリン抵抗性及び血管合併症の発症機序の解析
1380 糖尿病及び合併症の病態の解析と薬剤による効果