胎児発育不全に対するタダラフィル臨床研究(医療者の方へ)

胎児発育不全:FGRとは

胎児発育不全(fetal growth restriction, intrauterine growth restriction)は、胎盤由来の妊娠合併症(placental origin of pregnancy disorders)の代表的なものです。胎盤形成の過程で最も重要な⼀つに、妊娠8週ごろから18週ごろまでに起こる、「⼦宮らせん動脈のリモデリング」という現象があります。胎児栄養膜細胞は⺟体の組織に根を下ろした後に、脱落膜や⼦宮筋層まで浸潤します。この細胞を絨⽑外栄養細胞(extravirous trophoblast)と呼びます。この浸潤の主な⽬的は、胎児への酸素や栄養素をより多く運ぶために、⼦宮らせん動脈を、⼤きなドカンのような⾎管に様変わりさせるためです。

胎児発育不全:FGRとは

この「リモデリング」が障害されると、絨⽑間腔への⾎流増加が不⾜し、胎児への酸素と栄養素が充分ではなくなります。その結果、胎児の発育が滞ります。このような胎児発育不全(fetal growth restriction)は、妊娠32〜34週までに起こることがほとんどと考えられており、早期発症胎児発育不全 (early onset FGR)と呼ばれています。

FGRの児に与える影響

胎児発育不全は、全妊娠の約7%を占め、現在の進歩した周産期医療をもってしても、周産期死亡率、周産期合併症の罹病率が⾼く、その治療法の開発は極めて重要な課題の⼀つとなっています。
(Br J Obstet Gynaecol. 1998;105(5):524-30. )

FGRの原因

胎児発育不全は、様々な原因でおこるとされています。上で触れた胎盤の形成不全の他に、⾚ちゃん⾃⾝の先天的な要因(染⾊体異常、遺伝⼦異常、奇形症候群)やお⺟さんからの感染症(サイトメガロウイルス、トキソプラズマ、⾵疹など)、お⺟さんの病気(⾼⾎圧症、甲状腺機能異常、⾃⼰免疫疾患、⾎栓性素因)、などが挙げられますが、原因がわからないこともあります。

FGRの診断

胎児超⾳波検査にて胎児⼤横径(BPD)、胎児腹囲(AC)、胎児⼤腿⾻⻑(FL)から算出した胎児推定体重(EFBW: estimated fetal body weight )が-1.5SD未満の場合、胎児発育不全と診断されます。

FGRの治療

胎児発育不全の原因が先天性感染症であれば胎児に微⽣物が感染しないようにする抗⽣物質の効果が認められています。⾎栓が原因と考えられる場合はヘパリンやアスピリンといった抗凝固・抗⾎⼩板療法が効果があるといわれています。
しかし、上述のような胎盤形成の異常による胎盤⾎流の障害が胎児発育不全の原因であると考えられる場合に効果があるとされる治療法は現在のところありません。そのような場合に、我が国で⼀般的に⾏われている管理⽅法は、胎児が⼦宮内で死亡しないように、超⾳波検査や胎児⼼拍数モニタリングで監視して、できるだけ妊娠を継続し、胎児を成⻑・成熟させるという管理で、胎児の発育を促す治療ではありません。

ホスホジエステラーゼ5阻害薬

この胎児発育不全の病態に根本から迫る、ホスホジエステラーゼ5阻害薬:タダラフィルを⽤いた新治療法を、われわれ三重⼤学産婦⼈科教室が中⼼となって開発しています。
タダラフィルは肺⾼⾎圧症、前⽴腺肥⼤症、勃起不全に適応のお薬です。肺⾎管の拡張には、⼀酸化窒素(NO)が⾮常に重要な役割をしています。NOが働くと、⾎管平滑筋細胞内のサイクリックGMP(cGMP)という物質の濃度が⾼まり、これが細胞内のカルシウム濃度を低下させ、最終的に⾎管平滑筋が弛緩します。
このcGMPを代謝して不活化する酵素がホスホジエステラーゼ5であり、この酵素を阻害すると細胞内cGMPの濃度が⾼くなり、⾎管平滑筋を持続的に弛緩させ、結果的に⾎流が増加すると考えられています。

タダラフィル・シルデナフィルの⾎管内⽪と⾎管平滑筋への機序

タダラフィル・シルデナフィルの⾎管内⽪と⾎管平滑筋への機序

タダラフィルは「バイアグラ」の商品名で有名なシルデナフィルと同様の薬効を持っていますが、シルナデフィルより作⽤持続時間が⻑い薬剤です。シルデナフィルは、動物実験で、胎児発育不全マウスモデルで、シルデナフィルの投与により有意に胎児体重が増えたと報告されています(Hypertension. 2012;59:1021)。また、ヒトの胎児発育不全や妊娠⾼⾎圧症から採取した⼦宮の⾎管は、正常な妊娠よりも⾎管を収縮させるホルモンに反応しやすいため⾎流の低下が起こりやすいと考えられていますが、シルデナフィルによってホルモンへの反応が変化して⾎管の弛緩が持続しやすくなったとの報告があります(J Clin Endocrinol Metab. 2005;90:2550)。ヒトへの応⽤は、2011年に、早期発症の重症胎児発育不全10例にシルデナフィル治療を⾏い、シルデナフィルを投与しなかった17例と⽐較した研究が発表され、シルデナフィルを投与すると胎児の腹囲の伸びが有意に⼤きくなったという結果でした(BJOG 2011;118:624)。
現在、英国、アイルランド、オランダ、オーストラリア、ニュージーランドでSTRIDER研究という、胎児発育不全に対してシルデナフィルを⽤いる、前向き研究が進んでいます。

タダラフィルはシルデナフィルの半減期が4時間にくらべて、4倍以上も⻑い17時間です。また、シルデナフィルが⾷事とともに服⽤すると、吸収が低下するのに⽐べて、タダラフィルは⾷餌に影響されなく⼀定の吸収量が得られます。さらに、網膜細胞に関係があるホスホジエステラーゼ6阻害剤との交差性も、70倍少なく、網膜の副作⽤も少ないといわれています。以上よりシルデナフィルよりタダラフィルの⽅が内服が容易で効果が得られやすいのではないかと、われわれは考えています。

臨床試験

第Ⅰ相試験

三重⼤学医学部産婦⼈科では、FGR症例に対するタダラフィル投与の安全性を確認する第⼀相試験を⾏いました(2015年11⽉三重⼤学医学部倫理委員会承認。承認番号2964)。その結果、有害事象に関しては、⺟体において、主に頭痛・潮紅がみられましたが、いずれも軽症でした。新⽣児においても、⽤量依存性の合併症は認められず安全性が確認されたと考えています。
この試験の中で胎児推定体重増加量を検討したところ、タダラフィル内服前に8.5±5.0g/⽇であった胎児推定体重増加量が、タダラフィル内服後には19.5±4.0g/⽇と有意に増加しました。

J Obstet Gynaecol Res. 2017 Jul;43(7):1159-1168
Safety and dose-finding trial of tadalafil administered for fetal growth restriction: A phase-1 clinical study
Kubo M, Tanaka H, Maki S, Nii M, Murabayashi N, Osato K, Kamimoto Y, Umekawa T, Kondo E, Ikeda T

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jog.13345/full

後ろ向き症例対照研究

タダラフィル投与した胎児発育不全の11例を、妊娠週数、胎児推定体重などをマッチした従来型の治療法を⾏った胎児発育不全14例と⽐較検討しました。その結果、胎児推定体重の増加量において、タダラフィル投与群が18g/⽇、従来型群が11g/⽇と有意に増加していました。

J Obstet Gynaecol Res. 2017 Feb;43(2):291-297
Retrospective study of tadalafil for fetal growth restriction: Impact on maternal and perinatal outcomes.
Kubo M, Umekawa T, Maekawa Y, Tanaka H, Nii M, Murabayashi N, Osato K, Kamimoto Y, Ikeda T

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jog.13218/full

妊娠高血圧腎症に対するタダラフィル投与に関する症例報告

妊娠27週の重症妊娠高血圧腎症例に対して、タダラフィル投与を行ったところ、血圧の低下、尿蛋白の減少がみられ、平行して母体血中sFlit-1の低下、PlGFの上昇を認めました。

J Obstet Gynaecol Res. 2017 May 15.
Treatment using tadalafil for severe pre-eclampsia with fetal growth restriction.
Tanaka H, Kubo M, Nii M, Maki S, Umekawa T, Ikeda T.

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jog.13335/full

現在実施中の試験については準備中です・・・